大地の箱舟を模した劇場の前。
劇団は居を構えたとはいえ、地方公演も欠かさない。今はドルワームへの出張を3日前に終えたばかり、次なる興行に向け休演期間であるために、上演開始を待つ観客の姿もなく、フタバは1人、ベンチに腰掛け、所在無く足をぶらぶらと振っていた。
その表情は、間もなく星が瞬き始めようかというこの空と同じく、いつになく暗い。
「そろそろ部屋に戻ることを進言する」
「…ん。もう少し、もう少しだけ」
背に負う槍、ケラウノスに促されるも、少し身体を傾け、庭の門扉から外、街へと続く道を覗き込む。
その身に纏うはトレードマークの魔装ではなく、ユクにデザインしてもらったお気に入りの服だ。
フタバは機械ゆえ、汗をかかない。
とはいえ、何日も続けて同じ服を着続けるものではないという一般的常識くらいは持ち合わせている。
それでも着替えていないのは、いの一番に見せたい相手が、未だ戻らないからだ。
セ~クスィ~とユクから服をプレゼントされたあの日、劇団員たちとともに戻る筈だった兄、ハクギンブレイブは帰らなかった。
ハクギンブレイブは主演俳優である。
当然、劇団員たちもほうぼう手を尽くしたが、古い知人に会うと出かけたハクギンブレイブの行方は、未だにようと知れない。
それからフタバはずっと、こうして毎日、夜遅くまで外に留まって、兄の帰りを待っていた。
「…!あ…」
不意に響いたドルボードのエンジン音とヘッドライトの灯りに一喜一憂。
それは、待ち望んだ兄ではないものの、嬉しい来客には間違いはなかった。
「夜ふかしは感心しないな、フタバ」
アイドリング状態のドルブレイドに跨ったまま、ヘルメットを脱げば、バサッと炎のような赤髪が流れる。「姐御…」
「すまん、まだハクギンブレイブの行方は分からないのだが…今日は…む!?」
風を切る気配に気付き、ヘルメットを投げ捨てドルブレイドから飛び降り、ぐるりと受け身を取ったセ~クスィ~の背後で、上空から飛来した一本の槍がドルブレイドを刺し貫いていた。
「…プロト…ケラウノス…」
その赤い槍を、セ~クスィ~は知っている。
それはケラウノスの試作体。
秘密基地を強襲したハクギンブレイブによって奪われたと、ケルビンからのレポートにあったアマルガムなる合金製の槍だ。
答え合わせをするかのように、ゆらりと、槍を追ってきたように緑色のシルエットが、ほぼ垂直に突き立っているプロトケラウノスの石突の上に降り立つ。
「…その姿…今の君は、『レオナルド』なのか?」
ようやく帰ってきた兄に駆け寄ろうとするフタバを、セ~クスィ~は伸ばした腕で制止する。
未だ屈んだ姿勢のまま、見上げるセ~クスィ~の視線が、深緑のヘルメットに包まれたハクギンブレイブを鋭く見据えた。
「………僕の中には確かに、500年の昔、太陽の戦士団の一員であったレオナルドの記憶がインプットされている。でも、それだけですよ。僕は、僕です。でも…はあ、やれやれだなぁ…その名を知っているということは…」
「………グランドラゴーンの頭骨…君、いや、君たちはそれを手に入れて、どうするつもりだ?」
「あのケルビンという男、そこまで調べていましたか。やはり、アルファの指示通り、始末しておけばよかった」
ぐっとプロトケラウノスを踏み込み、ハクギンブレイブはひらりと空高く舞う。
刃先がこすれ、散った火花がドルセリンに引火して、爆発とともにハクギンブレイブを追いかけるように打ち上がったプロトケラウノスを空中で掴み取ると、背負っていたもう一振りも左の手に取り、爆炎を背にようやく地に降り立つのであった。
続く