「兄上………どうして…」
状況の理解が追いつくはずもなく呆然とするフタバに一瞥もくれず、ハクギンブレイブはセ~クスィ~と対峙する。
「魔装、展開しないのですか?」
ハクギンブレイブが構える槍の一本は、まっすぐセ~クスィ~に向いていた。
「これは、友に向かい振るう力ではない」
「………友、ですか。まったく、調子が狂っちゃうな」
トントンと爪先で軽く地を小突くと、駆け出したハクギンブレイブは一瞬にしてセ~クスィ~の背後をとった。
魔装は無くとも、ハクギンブレイブの動きに反応し振り向きかけたセ~クスィ~は、しかしピタリと動きを止める。
いや、停められてしまった。
ドルブレイドの爆炎による光で出来た影、そこに深々と、プロトケラウノスが突き立っている。
「くっ…!?これは………」
「動けないでしょう?この槍、柄にかげしばりの柵が埋め込まれていましてね」
セ~クスィ~の視線を受け流しながら、ハクギンブレイブはモードレオナルドを解除すると、フタバに手を差し伸べる。
「さぁ、フタバ。迎えに来たよ」
「兄上…」
ずっと、帰りを待っていた。
誰よりも会いたかった相手の筈なのに。
こんなに近く、目の前に居るのに、その手が、果てしなく遠い。
「君の中のゴルドスパインは、夢幻郷への鍵の役割を果たす。大いなる力は目の前だ。アストルティア全土を焼き払うのだって容易い。………フタバ、いつかの君の依頼を果たそうじゃないか」
兄と初めて交わした、かつての自分の言葉だ。
忘れるはずもない。
『兄上!!!共に世界を滅ぼそう!!!!』
今思えばまったく馬鹿馬鹿しいあんな事を言ってしまったから、兄はおかしくなってしまったのだろうか。
「………いくら兄上の誘いでも…それが、俺が造られた本来の目的だとしても…」
そう、それでいい。
「俺には、できない。今の兄上には…ついて、いけない」
そう答えてくれると、信じていた。
フタバ、君はそれでいい。
これで憂いは、何も無くなった。
辺りのこの暗さ、加えて未だ煌々と照るドルブレイドの爆炎で逆光となり、兄の表情ははっきりと見えない。
しかし、僅かに一瞬、いつもの優しい兄に戻ったように微笑んでみせた気がして、フタバは虚をつかれた。
「な…!?ばっ!?お姉さん許しませんよ!!?」
腕が動くものなら、視界を覆い隠しているところだ。マージンの結婚式以来に目の当たりにする光景、ハクギンブレイブに口を塞がれ反応できないフタバの代弁をするかの如く、セ~クスィ~は顔を真っ赤にして動転する。
触れ合ったハクギンブレイブの唇を介して、何かが流れ込んでくるのをフタバは感じた。
「………………………………」
きっとその言葉は、聞かせるつもりは無かったのだろう。
「………な…にを…」
永遠にも思えた一瞬ののち、未だ鼻が触れるのではないかというほどの至近距離で呟かれたハクギンブレイブの言葉の意味を理解できない内に、眠りにつく時ともまた違う抗えない重さに流されてフタバは目蓋を閉じる。
「…御せないのであれば、用はない」
くるりとセ~クスィ~の方に向き直ったハクギンブレイブの瞳は、再び氷が宿っていた。
抱きとめていたハクギンブレイブの腕が離れて、意識を失ったフタバはドサリと倒れる。
「ゴルドスパインなら、ケラウノスにも内包されていますからね」
フタバを手放した掌には、代わりにケラウノスが握られていた。
「レオナルドではないと言った。君が本当にハクギンブレイブのままだというのなら………とうに頭骨のみとなってなお死せぬ、神に等しい存在を徒に刺激しフタバに何かあったらどうするつもりだ?これまでの君に…妹を、フタバを思いやる気持ちに、嘘は無かった筈だ!」
あと少し。
かげしばりは完全ではない、あと少しで、こちらの動きを阻害しているプロトケラウノスに手が届く。
「さあ?用はないと、言ったでしょう?僕には関係のない話です。…でもまあ、あなたがたは用心した方が良いでしょうね。もしかしたら、フタバの中のゴルドスパインを礎に、もう一体再生するなんてことが起こるかもしれない。ドルブレイブの基地にでも幽閉するのが良いんじゃあないですか?では、さよならです、アカックブレイブ」
「待て!」
時間稼ぎの甲斐あって、ようやくプロトケラウノスを掴み、引き抜いて自由を得たセ~クスィ~であったが、一瞬早く、ハクギンブレイブは駆け降りてきたサージタウスに跨がり空へと舞う。
思えば、最初のプロトケラウノスの投擲、あれはセ~クスィ~を狙ったものではなく、ドルブレイドを破壊し追跡手段を断つためだったのだ。
しかしそれを差し引いても、意識を失ったフタバをこのままにしておける筈もない。
眠ったままのフタバを抱き起こし、ハクギンブレイブの消えた空を睨むセ~クスィ~であった。
続く