仰向けに拘束されるも全力でもがき続け、何とか逃げ出そうとしていたその腹に、ヅドンと鋭い切っ先が食い込んだ。
「ひい!」
ミキミキと背の側に突き当たるまで刃が押し込まれると同時に、ピンと長い脚がつっぱって、しかし程なくダラリとしなだれる。
「あわわ!わわ!」
しかし致命傷を与えてなお、剣士の手は止まらない。
もはや抵抗もできない獲物をひっくり返し、虫の息でも這うように逃れようとするその背に無慈悲にも刃をあて、そっと峰に添わせた平手にぐっと力を込めた。「ののの!まっぷたつ!!」
見なければよいものを、ずっきんこの顔を覆うぽてぽてとした両の掌はくわっと開かれているものだから、いなりが手際良くイセエビを捌く様を、指の隙間から余す所なく目撃することとなっていた。
イセエビを2匹差し出したところで、ずっきんこの船のコンピューターは『トテモ オモイ』と率直な事故分析結果をコンソールパネルに表示し続けており、さらなる軽量化を必要としていた。
こうなれば大盤振る舞いである。
最大積載量の問題をクリアするのも兼ねて、計5匹、全てのイセエビと、9つのウニ、そして既にこれまたいなりが処理を終えた3匹のイカをずっきんこは提供したのだ。
「よい、しょっと!」
さて、仕込みも最終段階、いなりは包丁を置き、左右からイセエビを掴んで、あえて僅かに残した腹の殻を蝶番に切断面を花開かせる。
ここまでくれば、衝撃的な光景のあまり、ずっきんこの顔に浮かぶは無である。
ともあれ、寸分違わず正中を割り開いたことにより綺麗に中央に顔を覗かせる背わた、頭の側の砂袋を取り除けば、ヒゲを2本の角に見立てた鬼殻焼きの下拵えは完了である。
「………姉さん、よく淡々と捌けるね…」
ずっきんこのピュアなリアクションに耐えかねて、オスシの手はすっかり止まっていた。
「ま~、普段、相手の悲鳴なんか気にしてたら、飛ぶのは私の首だからねぇ。ほら、それも貸して」
オスシの手元から最後の1匹を引き受けて、いなりはそれもまたするりと片付ける。
「…イセエビはともかく、エビは普段食べてるんでしょ?それはどうしてるのよさ?」
イセエビのヒゲをちょんちょんしながら、率直な疑問をヤマが呟く。
まさか生で殻ごとパクリでもあるまい。
「いつもは おばちゃんが パリパリにしてくれる。それをおうどんに のせるのだ」
「おばちゃん…?パリパリ…?うどんなら、天ぷらのことかな」
ずっきんこに関しては依然、分からないことばかりであるが、どうやら天涯孤独の身の上では無さそうで、オスシは少し安心した。
プクランド大陸の西方の出身者は、もちろん全員が全員ではないが、とかく人情味があって、他者との距離感が生温かい。
件のおばちゃん、ピッピンコもまた然り。
ふとしたことから袖振り合って以降、きんこ星人の胃袋は、ひとりの気の良いプクリポにガッチリ掴まれているのである。
「さて」
あらためていなりがオスシに向き直る。
「イカとイセエビは前にもふれたことがあるから出来たけど、ウニは分からない。手本を見せてほしいんだけど…」
「あ~…うん、ええと…」
こちらとずっきんこを見比べておどおどする妹を見て、やれやれといなりは助け舟を出すとした。
「…じにー!リーネさん!そっちで何か、ずっきんこちゃんに手伝ってもらえそうなことある~?」
いなりたちは、冷たい井戸水をすぐに汲み出せる利便性から、屋外で海鮮を捌いているのだ。
「あるある!あるよ~!!」
そうは厚くない土壁である、少し声を張れば、宅内で肉と野菜の仕込みにいそしむ組から返事が返る。
「イセのあかいムシ~!またあとであおうな~!!」手を振れる筈もない下処理後のイセエビに代わり、あげはに連れられていくずっきんこに手を振るヤマであった。
続く