「おおお…おお…りゅーへー、立派になって」
包帯ですっかり爪先から鶏冠まで包み隠されている状態で、一体何が見えているというのだろう。
神罰の一撃をらぐっちょにお見舞いしようとも、いまだアキバの怒りがおさまったわけではない。
落ち着きある深い木目の桐の机を挟み、母娘とらぐっちょの間に距離を取らせたのはヒッサァの計らいである。
参拝客がまばらとはいえ境内でこれ以上の諍いを起こすわけにもいかず、一同は社務所へと席を移していた。
「ふむ…神様を狙うとは、不届きな輩がいたものですね」
気丈に振る舞ってはいるが、アキバには疲労の色が濃い。
まこと不本意なる此度の参詣は、天の社が襲撃を受けたことに起因する。
勿論、アキバとて胡座をかいていた訳では無い。
神代に失われたはずのサージタウスを駆る予期せぬ来訪者により事前に襲撃の企てを知り、眷属たちに守りを固めさせ、その上で、万が一、社を放棄することも想定していた故に、今ここにりゅーへーを無傷で連れ出す事が出来たのだ。
しなしながら代償として大半の眷属たちがその仮初の身体を失った。
眷属たちは、アキバから溢れ出す気を糧としており、その供給を兼ねた霊的な繋がりを持っている。
アキバはその繋がりを通し、サージタウスの大群を前に依代を失ってしまった眷属たちの魂が消失せぬよう、神気を供給し続けているのだ。
形を持たぬ状態の彼らを保ち続ける負担は、平素とは比べるべくもない。
『神』をこれほどまでに疲弊させる術を持つ存在。
その行動は綿密に計画建てられたものであろう。
となれば…
「…らぐっちょさん」
「了解ですぞ。ちょーーーっと野暮用を済ましてくるのです。御二方は、しばしお茶でも啜っていてくだされ」
敵がアキバ達を追ってくるであろうことも、容易に想像はできる。
漂い出した戦場の空気を、2人は敏感に嗅ぎ取ったのだ。
りゅーへーを不安にさせたくはない。
包帯越しであれど、らぐっちょのアイコンタクトを受け取り、アキバは眷属たちの仇を討つべく飛び出したいのをぐっと思い留まる。
何に代えても、愛しいこの子だけは、護り通さねばならぬのだ。
「…幸い、参拝のかたはもうみえないようですね」
ザッ、ザッと一矢乱れぬ規則正しい足音を響かせ、機械の四脚が石段をゆっくりと上がってくる。
迫りくるサージタウス、その数は三桁とはいかずとも、10や20ではききそうにない。
夕方も近いということもあってか、巻き込まれた参拝客の姿がないのは、まさしく幸いというほかない。
「全然幸いではないですぞ。これでまた悪評が立ってしまったら、もう社をたたむしか…」
「その前に警護の報酬はお願いしますね?」
冗談めかして微笑むヒッサァであったが、その瞳はまったく笑っておらず、らぐっちょは武者震いと言いたい所であるが、ただただ恐怖に震えた。
「ヒッサァ殿、あのマシン系モンスターに見覚えは?」
「…皆目見当がつきませんね。まあしかし、やってみせますよ」
その正体は知らずとも、団体の参拝客でないことだけは明確だ。
ヒッサァは背負った槍に手を伸ばす。
「とても頼もしいでありますぞ」
らぐっちょもまた、ジャキンと金属音を響かせて、アブソリュート霊を懐からずるりと取り出すのであった。
続く