「…ふん。これだけのサージタウスを前に堂々とブラフをかけるその度胸に免じて、一つ、問答をしよう。納得のいく答えを用意できるなら、私は退くとも」
その言葉を信用するわけではない。
しかしもう自分は手詰まり、流石のヒッサァも、この状況を打破する策を打ち出すには時間が欲しいだろう。
生唾を飲むと合わせて、らぐっちょは頷きアルファに発言を促す。
「お前は広大な海の真ん中、2人まで乗れる筏の上に居る。陸まではとても泳いでいける距離ではないし、水温も冷たく、海に浸かっていれば遠からず生命を落とすだろう」
身構えてみるも、何のことはない。
よく聞くありふれた問答であった。
「さて、目の前には、溺れかけている2人。1人はお前の大切な人、家族とでもしようか、そして、もう1人は赤の他人だ。お前なら、どちらを助ける?」
その問答を知っているからとて、敵の意図もうかがい知れず、そもやすやすと答えられる問ではない。
らぐっちょが、あ~、う~、と唸るような逡巡を繰り返すうち、アルファはぽつり、溜息をついた。
「この武器…お前からなら、あるいは面白い答えが、聞けるかと思ったんだがな…」
アルファはじっとアブソリュート霊の銃口を見やりながら続ける。
「………私なら家族を助ける。1対10でも、1対100でも、必ず大切な1をとるだろう………いや、既にそのように選び、ここまで来た」
らぐっちょを真っ直ぐに見据え、アルファは懐から拳大の宝玉を取り出した。
「それ、は…まさか…」
虹のように色を変え、硬そうにも柔らかそうにも見える宝玉。
らぐっちょはそれを、よく知っていた。
「『乙女のたましい』…触れれば分かるぞ。お前の武器にもこれが内包されているだろう?人々の嘆きと悲しみの結晶。これを500年かけて…そうさな、100は造っただろうか」
「………な…ん…」
『乙女のたましい』を知るからこそ、らぐっちょは開いた嘴が塞がらない。
目的の為に、『乙女のたましい』を100造った。
どれほどの覚悟が、どれほどの非情さがあれば、そんな真似ができるというのか。
その石は、想像を絶する惨劇の起こった地で発見される。
らぐっちょの知るそれは、エルトナ大陸から。
地質学者による年代測定に基づけば、由縁は遥かヤマカミヌの時代に遡ると云われた。
すなわち、国が滅びるほどの悲劇の中で、ようやく一つ、それは生まれるのだ。
やがて峠の祠に安置されていた『乙女のたましい』は、発する負の波動のあまりの大きさからその近辺で災害や事故が絶えず、らぐっちょにおはらいの依頼が舞い込むに至る。
油断していた、といえばそうなのだろう。
いつものおはらいの手順、邪気を祓うため、自身と繋がる黄金鶏神社の神気を『乙女のたましい』に注いだらぐっちょの意識は、1週間に渡り途絶えることになる。
『乙女のたましい』に宿る妄念の凄まじさは、注がれた神気と反作用を引き起こし、当時の社もろともに大爆発を起こしたのだ。
失われたという究極の破邪呪文でもあれば話は違うのかもしれないが、そのシャナクとやらは研究が進んでいるとも、復活したとも噂はあれど、そんな不確かな情報をあてに手をこまねくより、一刻も早く堅実な対処をとらねばならない。
神気を注ぐという方法自体は、ごくごく僅かなれど確かに『乙女のたましい』の縮小に効果的であった。
であれば、爆発のエネルギーに耐えうる外殻で包み、一方向にのみ放出する事で被害を抑える。
かくして、らぐっちょは基礎設計を携えカミハルムイの天地雷鳴士に技術協力を仰ぎ、アブソリュート霊を完成させたのだ。
しかしながら、黄金鶏神社を擁する霊峰に宿る莫大な神気が枯れ果てるほどの注入をもってしても、まだらぐっちょの所有する『乙女のたましい』はアブソリュート霊の完成をみた1年と10ヶ月前に比して、僅か数パーセントしか縮小していない。
答えに納得すれば退く。
アルファの前置きに嘘はなかったとして、『乙女のたましい』を100も造りだす悪行に手を染めるだけの覚悟をひっくり返すことなど、一体誰に出来るというのだろう。
分かりあえない。
説得など、出来ようはずもない。
なまじ、『乙女のたましい』を知るからこそ、らぐっちょはアルファと敵対する他ないのだと、ありありと理解してしまうのであった。
続く