「お、もうあと少ししかないな~…」
柚子の旬は、夏と秋の2度ある。
夏のまだ皮も青いうちの収穫は、酸味が際立ち、香りも若さに応じて尖っており、それらを活かした柚子胡椒などに、秋から冬にかけて黄色く熟した頃の柚子は、香りにも味にも柑橘類らしい甘味が加わり、風味付けや飲用、果ては風呂に浮かべたりと、用途がぐっと華開く。
じにーが手に取った瓶の中身もそうしたうちの一つ、ヘタを落とし、種を除いた柚子を刻んで塩に漬け込み、余分な水分を落としつつ皮の食感がわずかに残る粗めのペーストに仕上げた、その名も捻りなき『塩ゆず』である。
煮物や焼き物に添えてよし、鍋のベースにしたり、アクセントとしてスープに混ぜてよし、主張強めながら肉にも魚にも野菜にもフィットする、まさしく万能調味料。
あまりにも便利なものだから、親友にして仕事上のパートナーでもあるオスシから、お裾分けで頂いたけして小さくない1瓶は、あっという間にあと1回分程度となっていた。
季節感覚が狂いそうになる残暑の最中であるが、暦の上ではそろそろ秋。
またあらためて塩ゆずをおねだりするとして、この最後のひとすくいをどうするか。
米は炊けている。
味噌汁を作ろうと思って引いた鰹出汁もちょうどある。
ストッカーの中には玉ねぎと、今朝方に山の麓の農家から頂いた新鮮な鶏肉と卵があるとくれば、ほんの少しの冒険ではあるが、使い途は定まった。
囲炉裏の自在鈎に鍋を吊るして、出汁の中に醤油、酒、みりんなどなど…全て過去の経験に基づく目分量、ただし今回は塩ゆずの塩味を考慮して、控えめに投入する。
玉ねぎは繊維に逆らわず薄くスライスし、いっそ茹で溶けても構わぬと早めにつゆの中へ。
シャキシャキとした食感が残るのも悪くないが、たまの休日である、とことんまでに甘やかされたい。
玉ねぎが踊るのを尻目に、一口の半分程に鶏肉をカットしたら、ひろく鍋全体に散らし、熱を通していく。まだ赤みが残るうち、今と見計らい、あるだけの塩ゆずを投入した。
甘い香りがガラリと表情を変える様にほくそ笑みながら、小鉢に卵を割り入れる。
まるで沈みかける夕陽のような鮮やかな橙の真ん中に箸を突き立て、軽く混ぜる。
混ぜるといっても、白身と黄身が混ざり切らない、雑な仕上がりがいい。
火を通した時の味と食感の違いがまた、良いアクセントとなるのだ。
そうこうしているうちに、鶏肉にもちょうど程よく火が通った。
さて、いよいよここからは、時間との勝負である。
まずは溶き卵の全体の3分の2を注ぎ入れ、木蓋を閉じて30秒。
その間閉じ込められていた薫りの氾濫に耐えながら、仕上げに残りの卵を注ぎきり、表面がまだ固まらぬうちに、仕上がった親子冠を白米の上によそえば、完成である。
「ふぃ~…」
やや無作法とは承知の上だが、散々煮炊きした室内はもはや蒸し風呂である。
逃げ出すように、じにーは丼を抱えて外に出た。
扉すぐ横の縁側に腰掛け、さっそく冒険の結果を確かめるとしようではないか。
「うん…!良いじゃない!!」
香りは上々、あえて汁は少な目によそったおかげでしっかりとした白米の土台と共に、柔らかな鶏煮を一口頬張り勝ちを確信する。
まあ、さもありなん、柚子胡椒は焼き鳥の名脇役であるし、茶碗蒸しに香り付けの柚子皮も定番である。
これはもはや約束された勝利であったと言っても過言ではない。
塩ゆずの分量もピッタリだったようで、卵と出汁の甘味の中にあって異端とも言える塩辛さがグッと旨味を引き立てる。
正直に言うと作り過ぎたのだが、これは存外、ペロリといけそうだ。
2杯目はこれでもかとつゆを注ぎ、茶漬けに近い楽しみ方も悪くない。
ほうじ茶をすすり一息つけば、まだ陽の光の名残りが漂う茜の空にまんまるの月が目にとまる。
目玉焼き、ではあるまいが、まあ此度の晩飯もまた、具材を見やれば月見料理と言っても差し支えはあるまい。
ようは気の持ちようだ。
一風変わったお月見は、じにーのお腹がまん丸になるまで、鈴虫のさえずりと共にしめやかに続くのであった。
続く