傍で見るヒッサァからしても、襲撃者との間の何らかの交渉は物別れに終わったのだと、らぐっちょの表情から伺い知れる。
稼いでもらった時間はごくわずか、しかし打開策が浮かばなかったのは、らぐっちょの会話が短かく終わってしまったからではない。
敵の決意の重さを、ヒッサァもまたひしひしと感じていた。
「………私も一つ、伺いたい。恐れ知らずにも神なる竜を捕まえて、どうするつもりなのですか」
答えを期待したわけではない。
願わくばこの隙に、アキバとりゅーへーの二人が状況を察し、逃げてはくれないか。
いたちごっこには変わりなかろうが、もはや僅かばかりでも時間を作るほか、出来ることはないとヒッサァは判断したのだ。
「グランドラゴーン」
てっきり無視して矢が飛んでくるものと身構えていたが、そうはならなかった。
「…?」
「かつて、ウェナ諸島に侵攻した魔族の長がその御業により召喚した、金色の鱗を持つ神話上の邪竜だ。勇ましき戦士がその首の一つを刎ね、頭骨といくつかの頚椎が残された」
アキバの真なる姿を想起する金色の竜という言葉に、ヒッサァは考えを巡らせる。
「………金色…目撃例の少なさから、そういうこともあるかと思っていましたが…アキバさまがしんりゅうでありながら深緑ではなく、金色の鱗をまとうのは………」
年の明けから、あの光景をずっと不自然に感じていたのだ。
「お前はなかなか頭が切れるようだ。かの竜神はグランドラゴーンの封印に関わり、影響を受けて金に染まった」
「封印とは異なこと…首を刎ねたのでしょう?」
かつてのウェナ諸島における魔族の侵攻と聴いて、『真の太陽の戦士団』と『太陰の一族』との大戦があったと祖父からの話に思い当たる節はあれど、その中に金色の竜のくだりは存在しなかった。
とすればそれは、大事に至らなかったか、秘めねばならぬ理由があったかのどちらかだ。
「竜というのは、げに恐ろしいものでな。その首は、胴体から分かたれ肉を削がれ、さらには脳を焼かれて失って骨のみとなってなお、死ななかったのだよ」
骨のみとなっても、滅することができない。
当時の戦士たちの戦慄を思い、ヒッサァはごくりと生唾を飲む。
「…だいぶ話が逸れたな。充分な数の『乙女のたましい』を我々は手に入れた、あとは、グランドラゴーンの頚椎から作り出される錬金術の増幅器たる『おうごんのうでわ』が必要だ。永きに渡って頚椎を探し求めてきたが、現存する全てが、既に喪失したか、変質により使い物にならぬと分かってな」
「…頚椎を手に入れる為に、グランドラゴーンの頭骨から、邪竜そのものを復活させようと?」
「そうだ。そして、かのしんりゅうを連れねば、頭骨のもとへは辿り着けぬ。………いやはや、理解が早くて良い。そして…利口な割には間抜けで、本当に助かったよ」
らぐっちょもヒッサァも、並み居るサージタウスと、アルファに釘付けになっていて、いつの間にか、ベータが姿を消していたことに、気付いていなかった。
魔造術にて造り出したゴーレムが如き巨腕は、参道を外れた道なき険しい山中を突き進むにも充分な寄る辺となる。
「なんと…迂闊…」
時間を稼がれていたのはこちらの方だったと慌てて振り返ったヒッサァの眼前、続く石段の先には、ぐったりしたアキバをその巨腕に捕らえたベータが悠然と佇んでいた。
「さて、おしゃべりはこれまでだ。こちらにも時間の都合というものがあってな」
さしたる合図はなかった。
しかし、言葉の険を引き鉄にか、サージタウス達の瞳がひときわ爛と輝きを見せる。
「目的は果たした。これ以上の邪魔立てをせず、我が妹に道を譲れば良し。さもなくば…」
ガチンとサージタウス達の両腕に備えられたボウガンが待ちきれぬとばかりに鉄擦り音を鳴らす。
「致し方、ありませんね…」
ヒッサァの握る手の力に、先祖伝来の槍の柄が軋みをあげる。
見渡せば、先の突貫で巻き上げた敵兵達も居住まいを正し、何食わぬ様子で隊列に加わっている。
確かに先の連撃、交渉にあたりマシン系といえど倒してはまずいかという腹積もりはあった。
しかしながら見た所無傷とは、こうまでガチガチに歯応えがあっては苦笑する他にない。
漂う重苦しい空気は、しかし一瞬で破られる。
「………お母さま…ッ!!」
未だ人の姿は不慣れなのだろう。
まして石段、何度も転げたのか、はたまたベータの仕業か、傷まみれで母とベータの後を必死に追いかけてきたりゅーへーの声が響く。
その瞬間、石段が割れんばかりに踏み込み、ヒッサァは一息にベータの頭上まで飛び上がる。
「そう!!行かせる訳が、無いのでありますぞ!!!」
ワンアクションで距離を詰める為、砕けんばかりに歯を食いしばるヒッサァに代わり、今更ながら宣戦の鶏の声、でなく鬨の声を上げるらぐっちょなのであった。
続く