完全敗北である。
多少は腕に自信があったクユリアであるが、五光までぶちかまされてしまっては、素直に負けを認める他はない。
ただでさえ青みがかったウェディならではの肌色を、敗北感からなおがっくしとホイミスライムの如く蒼く染める。
そんなクユリアの隣では、相棒にして此度の『こいこい』の対戦相手でもあったホイミスライムのホイいちろうが、ゆらゆらと揺れている。
「今日はたまたまツイてた?そんなこともある?気にすんなって?…もう強者が弱者を慰める言葉なのよそれは」
往来をすれ違う人々からすれば、ピキッ、ピキとしか聞こえないホイいちろうの言葉も、元ホイミスライムであるクユリアにすればなんら真っ当に受け取れる。
「さ~て、気を取り直して!メシだメシ!!」
今日の晩は、ホイいちろうの五光の役を構成した札の一枚、空に浮かぶなげきムーンの絵柄を見たときから決めていた。
「おっちゃん!月見蕎麦2杯ネ!!」
ホイいちろうと2人、馴染みの屋台の暖簾をくぐると、落ち込んでいた様子が嘘のように景気良い声を飛ばすクユリアなのであった。
「ん~~~っ!鰹の薫りがたまらん」
「ピキーッ!」
丸椅子に座り程なくしてサッと給された器、漂う湯気の中に顔面を飛び込ませる。
出汁はシンプルに鰹節で引いて醤油で整えた熱々のつゆの中、細かく刻んだ葱のみが、湯舟の中、行儀よく畳まれた蕎麦の上に申し訳程度に載る。
さらには、ほいっと手渡された卵を熱気に負けず割り入れれば、つゆの熱さにつられて、みるみる月に雲がかかる。
肝心の月まですっかり茹で上がってしまう前に、二人は慌てて蕎麦をたぐった。
店主はホイミスライムの触腕でも扱えるよう、特製のフォークをホイいちろうに用意してくれている。
あっという間に揃って半ほどまで平らげたところで、いよいよ器に浮かんだ月に箸を刺し、溢れ出た黄身を蕎麦に絡めてまたひとすすり。
朝採れの新鮮でコク深い卵黄の甘みが、これほどシンプルな組み合わせなのに底知れぬ味わい深さを醸し出し、クユリアは思わず天を仰いだ。
暖簾の隙間から、やはりまん丸の月が覗く。
太陽は眩しくて、長く見つめられたものではないが、月の光は優しく穏やかだ。
牧場を運営するという夢を叶えるため、あちこちを転々としてきた。
旅のさなか、何度も行き合い、度々冒険を共にする相手もいれば、一期一会となった冒険者もいる。
今日は満月。
こんなに綺麗なのだ、絆を結んだ彼らもきっと今、同じ月を見上げている。
そう思うと、不思議と物悲しさが薄くなった。
「…あんたらが今日の最後の客だ、捨てちまうのも、何だからな」
再び残り僅かとなった器に向き合えば、すっと店主がクユリアに小皿を差し出す。
「お!!サンキュー、おっちゃん!やったな、ホイいちろう!」
「ピキーーーッ!」
サービスのコロッケも有り難く頂いて、腹も心もいっぱいになって帰路につく二人なのであった。
~完~