「…っ…く…これはなかなか…」
ともに部屋を出たヒッサァが後ろ手に襖を閉めるなり、ガクリと膝をついたらぐっちょは、りゅーへーの前ではけして見せるまいと堪えていた冷や汗をだばっと垂れ流す。
「さすがは神様、何とか生命を支えるだけでもこの負荷とは………」
神気を奪われてしまったのが、らぐっちょと氏子の契約を結んでしまったからなれど、不幸中の幸いか、今アキバの生命が紙一重で保たれているのもまた、らぐっちょとの繋がりがあるからである。
「如意宝珠の奪取は私にお任せください。らぐっちょさんは、りゅーへーさんとアキバ様のおそばに…」
「いや、お留守番はヒッサァ殿にお任せするですぞ。一分一秒でも早く、如意宝珠をこの手に…義母様の神気を取り返すには、現地にワタシが赴くのが一番ですぞ」
この体調不良が何よりの証拠、らぐっちょとアキバは霊的にしかと繋がっている。
らぐっちょが如意宝珠を掴めば、どれほど離れていようと、アキバと奪われた神気も繋がる筈である。
「しかし…」
「なぁに、アブソリュート霊が撃てなくとも、ワタシ、扇の心得がありますし!」
そういえば、社務所に戻りアキバ様を布団に休ませるなり、らぐっちょが何やらガサガサと戸棚を探っていたのを思い出す。
「さすがは先祖代々の秘宝、握るだけで身体が楽になりましたぞ!」
らぐっちょは見るからに年季の入った桐箱の中から、一面の扇を取り出してみせる。
「その扇は…まさか…」
扇は数多くあれど、その特徴的な模様にヒッサァは心当りがある。
しかし…確か…あれはまるでエルトナ大陸そのものを扇という姿に落とし込んだような、艶やかで生命力に満ちた紫と緑に染まっていたはずである。
「左様!これぞ、かのエルドナ神がふるったとされる、神器カザヒノミ!」
「なんと…やはり!?」
違和感はあれど、やはりかの特徴的な紋様を見間違えるはずもない。
まさしく伝説の武器を目の当たりにしているという興奮に、ヒッサァの心は沸き立った。
…のであるが。
「………を参考に、先々々代あたりがお土産用に作った試作品、カザミドリであります」
あまりの落差に、思わずガクリと膝の力が抜けたヒッサァは、額をしたたかに近くの柱に打ち付けた。
「痛ぅ………」
どうりで、白を基調に僅かな赤と黄色、さらには柄の茶色が加わって、フライドチキンを連想させる色合いをしている訳である。
しかしそこはやはりかつての神主の作と称えるべきか、扇を握った途端、らぐっちょの体調が好転したのはけして痩せ我慢ではないようだ。
「では早速ワタシは…」
「私も行きます!」
「んがッ…!?」
こっそりと聞き耳を立てていたのだろう。
やはり親子というべきか、ピシャーンと落雷の如く襖が開かれ、りゅーへーが仁王立っていた。
「やれやれ…それではヒッサァ殿…義母様を頼めますかな?」
説得は無駄と、りゅーへーの瞳を見れば、らぐっちょには分かる。
「しかしらぐっちょさん!」
とはいえ、扇の助けを借りても、らぐっちょが未だ本調子でないことも明らかだ。
ヒッサァは何よりもらぐっちょとりゅーへーの身を案じ食い下がる。
「りゅーへーを護るくらいは何とかするですぞ。それに…まだ穏便にすませる余地は、きっとある」
りゅーへーが涙ながらに母を呼んだ声を聞きベータが見せた動揺を、2人は覚えている。
「………お人好しが、過ぎますよ」
誰よりも、その隙を好機とみて槍を振るったヒッサァこそが、まだ彼女らと和解の余地があるのではないかと、淡い希望を抱いた。
「お互い様なんですぞ」
それはまたらぐっちょとて、同じである。
「そうと決まれば、善は急げ!さありゅーへー、しっかり掴まって!義母様を救うためにレッツゴーですぞ!!」
「はい!」
初めて出逢ったあの日のように。
白く小さな竜の姿に転じたりゅーへーは、しゅるりとらぐっちょの二の腕におさまるのであった。
続く