「………あの時か」
ドルブレイブの施設内、仮眠室のベッドに移され、未だ眠ったままのフタバの隣に腰掛けたセ~クスィ~は、思い当たる節を脳裏に浮かべ、わずかに頬を赤らめる。
成分分析の結果、フタバの体内でゴルドスパインを包むのは、液化したメモリーキューブであると判明した。
ハクギンブレイブからフタバの体内へ移行したタイミングは、あの時を置いて他にない。
「…乙女の気持ちを、一体なんだと思っているんだ…」
合理的な手段、だったのかはさておき、信頼ある間柄とて、斯様に軽々とするべき行為ではなかろう。
まして、如何にセ~クスィ~がその方面に疎いとて、フタバが兄、ハクギンブレイブに向ける視線にこもる熱に気付かないほどではないのだ。
いや、差し当たって考えるべきはそこじゃない。
思考が脱線しかけて頭を振る。
猶予はおそらく長くない。
今手元にある判断材料が乏しいとて、ハクギンブレイブの目的を推し量り、そして、今後の方針を早急に決めねばならない。
ケルビンのレポートに書かれていることを事実と仮定したとしても、本人の言葉にもあったように、レオナルドなる人物の記憶に流されている訳ではなく、ハクギンブレイブはあくまでもハクギンブレイブのようであった。
そして、あの場での問答。
あれは、おきょうに聞かせるための会話であったに違いない。
ケルビンのレポートを読み、おきょうがフタバやケラウノスの活動停止という判断に至るは、自分でも容易に想像がつく。
しかし、それは彼女の理性による判断だ。
これまでフタバと接した経験値を考慮すれば、基地内にて保護に留める可能性は低くない。
更にはあの場で、あらためてフタバに悪意が無いということを、他ならぬ本人の口から語らせることで、おきょうの中から理知的な選択肢を完全に排したのだ。
そうまでして、フタバ本体の封印を回避した理由とは何か。
後々、再びフタバのゴルドスパインを利用するためという線は消しきれないが、それにはリスクが到底見合わない。
ハクギンブレイブの一連の行動は、何よりもフタバの為であったと考えれば、一番しっくりくる。
「………そうか…」
ケルビンと、ハクギンブレイブは繋がっている。
さもなくば、ここまでお膳立ては整うまい。
ハクギンブレイブの躯体に多大な負荷がかかるモードレオナルド発動後のメンテナンスも、ケルビンならば可能であろう。
経緯はさておき、そう仮定すれば諸々辻褄も合う。
それにつけても、ハクギンブレイブがフタバの為に動いているのだとすれば、自分に相談も何もない理由が分からない。
犯罪者であるケルビンに協力を仰いだから?
いや、それは恐らく逆だ。
おきょうや私に話せない何かがあったからこそ、ケルビンと手を組むという選択に至ったのだろう。
「…夢じゃ、なかったのか…」
不意にポツリと、本当に微かに、フタバから漏れ出た声。
思考を打ち切り顔を上げれば、フタバの瞳は虚ろげながら開かれていた。
その瞳に、涙を流す機能はない。
それでもセ~クスィ~にはしっかりと、頬を伝う涙が見えた。
あの大馬鹿め。
セ~クスィ~は内心、ハクギンブレイブに過去例を見ぬ厳しいお説教をかますことを決める。
何よりも、フタバを想っての行動だったのだとは分かる。
しかしそこに肝心の、フタバの心を置き去りにしては、何の意味も無いではないか。
「…そうだ。夢では、ない。ハクギンブレイブとケラウノスは去った。そのうえ、今の君はゴルドスパインとの接続が切れている。魔装も展開出来ず、力も常人並み。逆にいえば、日常生活に何ら、支障はない」
セ~クスィ~は状況だけを淡々と伝え、選択肢は告げなかった。
いつまででも、フタバが答えを出すのを待とうと、優しい眼差しを向ける。
「…俺、は………兄上に、置いていかれたんだな…」どんな背景があれ、それは事実だ。
セ~クスィ~は否定しない。
やがて意を決したのか、フタバは身体を起こし、セ~クスィ~にまっすぐ向き直る。
「俺は…もう一度、兄上に会いたい。あの時の言葉が…嘘偽りないものなら…兄上が、悪いことをしようとしているならば、俺が止めなくちゃ…たった二人きりの、兄妹なんだから」
それは、ケラウノスを失い、セ~クスィ~を傷付けたあの時とは違い、自暴自棄から出た言葉ではない。
しかし、戦う力を持たない今、それが正しい選択なのか、フタバに自信はなかった。
「…わかった。じゃあ、行くか、ルシナ村。ハクギンブレイブはきっと、そこにいる」
おきょうからは、フタバはしばらく基地内から出すなと厳命されているが、そんな命令、馬に蹴られてしまえばいい。
フタバの不安を飲み込むようにセ~クスィ~はすっくと立ち上がり、まっすぐに手を差し伸べるのであった。
続く