アルファやベータのみならず、冒険者たちも各々、導かれるように彼の地へ向けて進みだそうとしている。奪われた手帳に記された情報を読み解き、ユクがいよいよ出発しようという折、ミサークはユク邸の庭の片隅に置かれた小さな狛犬の像に目を留めた。
「そういえばユクさんのお庭、珍しいもん置いてますね」
その造形、一目でそこらのただの狛犬ではないと分かる。
しかし、その正体にまで思い至るウェディはそうはおるまい。
「…大暴れ狛犬の置物、魔界の一部地方では、火の災よけに集落に一つ置く風習があるとかどうとか…」
しかし流石のミサークであっても、魔界の風習となれば、カビ臭い書物の端に垣間見た程度の知識で、確証はない。
「らしいですね。ホント、よくご存知で!これは前に魔界を旅した時に、えっと………大切な友人から、頂いたものなんです」
魔界で一時、旅を共にした魔族の彼の事をなんと呼ぶべきか、ユクは一瞬迷ったが、ありのままを答えた。
「…魔界を?またご冗談を…」
戸惑うミサークをよそに、ユクの瞳は遠い思い出を見つめている。
「元気にしてるかな、シュナくんたち………さて!『金色の頭骨』に『封印の道行き』…ユクは、ウェナ諸島を探ってみる。それでは、ミサークさんも、ウィンクルムさんも、ゴレムスくんも、お元気で!!」
ユクとミサーク達とでは、乗る大地の箱舟が違う。
足早に駅へと向かうユクの背中は、あっという間に遠ざかっていった。
サージタウスに、明らかに様子がおかしかったハクギンブレイブ、そしてそもそもの夢幻郷………
明らかに自分の手には余る。
しかし、オーバーワークを理由に離脱するようなミサークであれば、そもそもこの場にはいなかっただろう。
「…さ、早く帰って、ゴレムスの調子を見てやらねぇとな」
「ゴ…?」
ゴレムスを構成するレンガは今や替えが利かない超貴重品、一時的にとはいえ、それらが敵のコントロール下に落ちた以上、何らかの影響が残っていないか、そのレンガの一つ一つをいち早く調べる必要がある。
家族の命は、アストルティアの危機よりも、重い。
「…ウィンちゃん、やっこさんが置いてったレンガは、残らず集め終わったかな?」
「ああ。ゴレムス、頼んだよ」
「ゴ!!」
ウィンクルムよりも大きいのではなかろうかという風呂敷包を、ゴレムスは背負い上げる。
ベータがゴレムスにそうしたのと同様に、ゴレムスもまた、ベータが造りだしたレンガを制御出来ることが分かっている。
無害と確認が取れ、ゴレムスのコントロールのみを受け付けるよう改造ができれば、ゴレムスの貴重なスペアパーツとしてのみならず、彼が望むように、元の大きなサイズに戻ることだって可能になるだろう。
それはゴレムスのみならず、ウィンクルムもミサークも、喉から手が出るほどに求めていたものだ。
しなしながら、半ば自らクエストを持ち込んでおいて、ユクの力になれない悔しさは勿論ある。
ウィンクルムは血が出んばかりにきつく握りしめられたミサークの拳を見やった。
「………ほら、あんたが好きな昔話にもあったろ?」やがて静かにウィンクルムは口を開く。
「え?」
「親子3代にわたって、ようやく魔王を討ち滅ぼす話」
「それが、どした?」
「…アタシたちはさ、与えられた使命をやりきって、託したんだよ。あの占い師の姉さんにさ」
ずるい物言いだとは思う。
しかしウィンクルムにだってこの悔しさを紛らわす言い分が必要だし、それより何より、袖振り合った程度の時間でも、ユクのことは信が置ける。
「ぬわーーっっ!!…ってやつか」
「馬鹿、いきなり耳もとで叫ぶやつがあるかい!?だいちそりゃ、断末魔のシーンだろ!縁起悪いじゃないか、まったく………ぷっ、ふふふ!」
誰からともなく、笑いが上がる。
「はははっ!」
「ゴ~!」
ウェナ諸島、ひいてはアストルティア全土を巻き込みかねない大きなクエストの一端を確かに担い、やりきった2人と1体の笑い声は、今しばらくの間、続いたのであった。
続く