「えっ?可愛い~!!ぬいぐるみ?何処で買ったんですか?」
駅へと続く道行けば、らぐっちょはたちまち黄色い歓声に包まれた。
「あっ…いや…」
「やっぱりガートラントのお店?でも毎月通ってるのに見たことない~」
らぐっちょの魅惑的なプリチーボディに遂に時代が迎合した…筈もなく、彼女たちの目線は一直線にらぐっちょの二の腕にしがみつく小さな白い竜へと向いている。
「ちょっ…あの…はなれ…」
旅に出た当初こそ、夢が具現化したような状況にくちばし、もとい、鼻の下をデレッと伸ばしたらぐっちょであったが、なにせぬいぐるみと勘違いされているそれは、紛れもなく本物の竜なのである。
「…あびば~~~ッ!?」
遂には、赤いネイルに飾られた指先の一つがりゅーへーに触れそうになった瞬間、雷光が迸りらぐっちょの骨格が綺麗に浮かび上がった。
悪気があろうとなかろうと、時として可愛いものに目を奪われたギャルたちの勢いは、獲物に殺到する魔物の群れに等しい。
これまでアストルティアの民との交流がほとんど無かったりゅーへーからすれば、尚の事である。
防衛本能からくる雷撃がらぐっちょの全身を駆け巡ったのはこれで3度目、既にらぐっちょの身体からほのかに香ばしい薫りが漂い始めている。
まだ幼いりゅーへーには人の姿を保つのは負担が大きいらしく、大地の箱舟に乗車する際など、ここぞという時の為に温存しているのだが、今のところ見事に仇となっていた。
「ご、ごめんなさいらぐっちょさま!私また…」
「なんのなんの、い~い感じにコリがほぐれたですぞ」
りゅーへーの咎ではないのだ、むしろしっかり護れていない己の過失と、らぐっちょは甘んじて受け入れる。
しかし限界が近いのも確かで、雷光に皆が驚き離れた隙を見て、一目散に駅へと駆け抜けるのであった。
「わあっ…!可愛いスライムさん!!」
大地の箱舟を使った旅の醍醐味といえば、やはり駅弁である。
ようよう辿り着き、ウェナ諸島を目指し走り出した大地の箱舟の車内で、はらりと弁当の蓋を開けばりゅーへーの笑顔も花開く。
鶏と卵の2色のそぼろでスライムを象ったご飯は、これまでの緊張と恐怖を程よく癒してくれたらしい。
この笑顔を見れただけでも、竜の姿のままであれば切符代も1人分…などとみみっちい考えをきっぱり捨てた甲斐があったというものだ。
「慌てずよく噛んで食べるでありますぞー」
「はぁい」
プクリポと竜とでは成長速度が違う。
果たして実のところ、アストルティアの年にあてはめればりゅーへーが何歳なのかなど知る由もないらぐっちょであるが、昨年の暮れに保護して以来、目に入れても痛くない大事な娘であることに違いはない。
生まれて初めて見るものばかり、なにから手を付けようか、りゅーへーの箸が迷ってしまうのをパパっちょがどうして責められようか。
微笑ましく見守りながら、らぐっちょもまた同じ駅弁を紐解く。
細長く刻まれた筍、椎茸、豚肉をとろみある出汁でまとめた餡を、冷めてなお薄氷のようなパリパリとした小気味良い食感を保つ揚げ皮で包んだ春巻きの一本がらぐっちょの胃袋へ消える頃、ようやくりゅーへーは意を決して、せっかくの絵柄を崩してしまうのが忍びないのか、そぼろご飯の端をすくいあげた。
「んふ~っ!」
詰め固められたご飯の硬さに反し、ふわりと仕上がった卵そぼろの食感の対比と、砂糖に頼らず、黄身の持ち合わせだけを存分に活かした優しい甘みが口いっぱいに奏でられる。
いざ堰をきってしまえばあとはもう、食欲に身を任せるのみである。
肉の旨味がギュッと詰め込まれたシュウマイに続き、今にも踊り出しそうな楽しげなタコを象るウインナーを一口で頬張った。
そしていよいよ、りゅーへーはスライムさんごめんねと心の中で詫びながら、肉そぼろに切り込む。
醤油と砂糖の甘辛さに、昆布出汁とわずかな米の酒が奥行きを加える。
言わずもがな、白米との相性は悪いはずがない。
「「ごちそうさまでした!!」」
締めには、みっしりとしつつもまるでカステラのような上品な甘さの卵焼きをデザート代わりとし、仲良く駅弁を平らげた2人なのであった。
続く