「姉さま、ルシナ村に向かわれるのでは?」
遥か上空ではあれ、そこは何度も足を運んだ地である。
跨るサージタウスの向く先がルシナ村とは異なることをベータは訝しむ。
「満月の夜はまだ数日先だ。今から行くには時期尚早、それに手駒を失い過ぎた」
認めよう。
冒険者たちを侮っていた。
ベータが接触したという手帳に関わる冒険者たちに、しんりゅうの縁者………
いずれもこちらの行く先は知らぬはずだが、冒険者という人種は必ず立ち塞がってくるに違いない。
そして、通信を断ち行方の知れぬメモリーキューブのことも気がかりである。
同じくジェルミの子でありながら、奴だけが500年の昔も計画には否定的であった。
当時は所詮ただの演算機と捨て置いたが、今は身体を得ている。
夢幻郷、いや、封ぜられし竜の夢が形作る竜幻郷とでも呼ぼうか、その情報を得る為に恭順を示していたと考えるほうが、今更協力を申し出た理由としてはよほど得心がいく。
やがてアルファ率いるサージタウスの一群は、オーグリード大陸のはずれに降り立つ。
各地に点在するアルファ達の工房、その中でもここは特別な場所である。
ここはかつての、マスタージェルミの工房。
アルファ達はここで生まれ、そして同時に、マスタージェルミと別たれた場所でもある。
「私は工房にこもり、サージタウスの再生産、ならびにカスタマイズを行う。外の守りは任せたぞ、ベータ」
「…わかりました」
錬金の釜が居並ぶ工房の最深部の石扉がアルファを迎え入れ、ベータの眼前で地響きと共に閉じられていく。
ちょうどその頃、ガートラントの駅に降り立つ影が2つ。
「…ふぅむ。まあ、今は他に手がかりもありませんしのーーー。頼りにしているですぞ!」
「はい!らぐっちょさま!!」
氏子になり、生命を共有していようとも、それはけして親子の繋がりを超えるものではない。
おぼろげとはいえ、奪われたアキバの神気、すなわち如意宝珠の気配を感じ取ることができるのは、りゅーへーを置いて他にいない。
遂には、あの堅実なヒッサァが、どう考えても危険ならぐっちょの旅にりゅーへーの帯同を許した最大の理由がそれである。
無策に探し回るには、仮に大陸一つとて存分に手に余るのだ。
再び腕に巻き付いたりゅーへーを連れて、足早に荒野へと向かうらぐっちょなのであった。
「………せっかくここまで来たのですから…ガンマのところに、寄りませんか」
ベータのか細い声は、壁の向こうのアルファに聞こえるはずもない。
たったそれだけの言葉を、扉が閉じる前に言い出せなかった。
形だけの墓に意味などない。
かつて、そう姉さまは拒絶したけれど、本音は違う。姉さまは、ガンマを失ったのは自分のせいだと思っている。
マスターを復元することでしか顔向けが出来ないと、勝手に枷をかけているのだ。
私は、いや、きっとガンマだって、姉さまがそのように思い詰めることを、望んではいないというのに。
踵を返したベータは、来た道をさかのぼり長い階段を登って地上に出る。
おあつらえ向きに咲き誇る野草をいくつか摘み、小さな花束を作った。
そうしているうちに工房の入り口は土に隠されて、見渡す限り、何もない。
何も、残っていない。
毎朝汲み上げ作業に汗を流した小さな井戸も、成長を見守り収穫に心わいた畑の跡も、皆でささやかに暮らした小さな家も。
………そして、それらが焼け落ち残された、黒く淀んだ灰の跡も。
それでも不意に吹き付けた風に目を閉じれば、ベータの脳裏には、まるですぐそこにあるように、かつての光景が目に浮かぶのであった。
続く