今より遥かな昔。
レイダメテスが時を渡り来た冒険者に砕かれ、同時期、マスタージェルミが子らのもとを去り、それから数年………
「…あ!ベータ姉さま!!見てください!こんなに立派に育ちました!!」
近付く姿を見とめて、白髪の少女はにぱっと表情をほころばせた。
造られた存在である彼女ら三姉妹の顔立ちや背丈は寸分違わず等しい。
しかし、唯一異なる点、肌からのぞく赤い宝石の位置を確認せずとも、ガンマが大好きな姉2人を見間違えるはずもない。
「ああもう、泥だらけじゃないかガンマ。お尻を向けなさい。ほら、いったんそれを置いて」
身の丈にも及びそうな大根を引き抜く際に、尻もちをついたのだろう。
ベータは妹の白いボディスーツに付着した土をぱんぱんとはらってやる。
彼女らに食事は必要ない。
それでもこうして作物を育てるのは、それが生まれ持った役割だからである。
日照の悪い地でも植物の光合成を促せる疑似太陽、硬く根をはるに適さない土壌を小規模なメガンテとそれに伴う養分散布で改良し、さらには自身はリザオラルで自動復元する改造ばくだんいわ、他にも種々様々、ジェルミの子らは、誰もがこの過酷な世界でもアストルティアの民の生活をサポート出来るように造られた存在であった。
ここはオーグリード大陸のはずれ、ぽつりと一軒、最寄りの集落からもかなり離れている。
彼らが、この不便な地に居を構える理由は2つ。
ここが彼らの生まれた場所であるということと、彼らのほとんどが、前述のとおり魔物に酷似しているからである。
それ故に、ジェルミと寸分違わぬドワーフの似姿で、魔法生物の証の赤い宝石もその所在が手の甲と目立たぬ位置にあるベータが、接点として定期的に野菜を村に届け、代わりに必需品を分けてもらって細々と生活していた。
「力仕事は私の領分。お前は手伝わなくてもいいんだぞ」
三姉妹の姿形は同じでも、ジェルミから与えられた性能は違う。
ガンマは特に魔力関連に特化したチューニングを受けており、野菜の収穫で転んでしまったように、身体を動かすのは不得手である。
「…でも…少しでも姉さまたちのお役に立ちたくて…」
怪我でもしてしまったらとハラハラする一方で、ガンマの気持ちは何よりも嬉しく、ついつい頬が緩んでしまう。
等しく私の子どもたちの中でも、あなたたち3人は、特に近しい『姉妹』…ジェルミから聞かされた時には、ただの記号か単位でしか無かったその言葉は、いまや正しく意味を持ち、確かな心の糧となっていた。
「まったく。お前は今晩、大仕事が控えているんだから。姉さまのところでのんびりしていればいいんだよ」
つい昨日だって、夜の遅くまでガンマがアルファのもとで実験や装置の開発を手伝っていたことを、ベータは知っている。
休める時にはしっかりと休んで欲しいと、ベータはガンマの頭を優しく撫でた。
そう、いよいよ今日こそは、ジェルミの子らの待ち焦がれた日なのだ。
『幸せになりなさい』
アルファにそう言い残し、ジェルミは姿を消した。
『幸せ』とは何か、皆で必死に考えるも、ジェルミの役に立つこと以外に、何も答えを得ることは出来無かった。
であれば、ジェルミからの命題を果たすためには、まず他ならぬジェルミが必要である。
ジェルミの不在による暫定措置として、ジェルミの一番の助手であったアルファが主導を握り、彼らの前から消えたジェルミを探し求める日々が始まった。
ただ一つの手がかり、別れの前、ジェルミが最後に子らを入らせた休眠カプセルの分析は、どういうわけか設計図の一切が残されておらず、その内部にはブラックボックスが山と連なり、アルファをしても困難を極めた。
それでも、トライアンドエラーの果て、装置内に残留していた未知の物質を発見したことで計画は大きく前進することとなる。
それは、アストルティアの民にあって、アルファ達の体内には存在しないもの………魂の、欠片である。
装置の予め意図したものか、はたまたトラブルによるものか。
ジェルミはその身体も魂も、自ら作り上げた装置によって分解されてしまったのだ。
最悪の事実であるが、そこにはまた救いもある。
通常、アストルティアの民の魂は死後天に昇り、また新たな生命として循環するはずだが、幸運にも、位置こそおぼろげにしか確認出来ないが、ジェルミの魂のかけらの反応を探るにそれらはまだこの地に留まっているようなのだ。
それら魂のかけらの位置を詳細に分析し回収、元のとおりに復元して新しい身体に納めれば、ジェルミを復活させることができると、アルファは考えたのである。
続く