「妖精さん!妖精さん!!」
ピンクの髪が鮮やかなプクリポの女の子を筆頭に、歓声に追い回されたマユミは椅子の下や棚の上をくるりと逃げ回り、やっとのことでクマヤンの肩という防波堤のもとへ着地した。
途端、子どもたちの声もその足もぴたりと止まる。
クマヤンは平素、人畜無害が形をなしたような朗らかな人物であるが、子どもにとっては見知らぬ相手で、そびえ立つようなオーガの体躯である。
更には花柄のエプロンもまた絶妙な逆効果を演出している。
子どもたちのリアクションが芳しくないのも無理からぬ。
「…怖くないよ~?」
バイキルトをかけた微笑みを送ったつもりのクマヤンであるが、普段相手にするは酒場の客ばかり、ぎんと開いた眼に三日月のような口もとでは、逆効果と言う他ない。
「ほらほらあなたたち、遊びはそこまで、今日はママのために皆で頑張るわよ~」
「テルルちゃ、は~い」
「はぁい!」
テルルの助け舟がなければ、阿鼻叫喚が響き渡っていたかもしれない。
「…怖くないよ~?」
「こっち見んなし」
敗北を認められず今度はマユミに微笑みかけるクマヤンであったが、相棒にもにべもなく切り捨てられてしまうのであった。
「さぁさぁ、クマヤンお兄さんから作り方を聞きましょうねぇ」
いつまでも項垂れている訳にはいかない。
幸い、テルルの知り合いというバイアスがかかっただけで、クマヤンは知らない怖いお兄さんというイメージから脱却できたようだ。
礼儀正しくテーブルの前に並ぶ子どもたちの視線も柔らかなものとなっている。
「よぉし皆、パン作りを始めるぞ~」
用意したのはオルセコ高地以南で栽培、収穫される硬質小麦を挽いた強力粉である。
極端に言ってしまえば、強力粉だろうと中力、薄力粉であろうとパンは焼ける。
しかしグルテンの多く生成される強力粉を用いることで膨らみ良く、モチモチとした食感に仕上がるのだ。
ボウルに強力粉を250グラム、スキムミルクを7グラムに、今日は子どもたちが食べるので砂糖をきもち多めに14グラム、塩を4グラム、これらをよく混ぜ合わせる。
むらなく混ざったら水175グラムとパンのふくらみに欠かせないイーストを投入して、水気がなくなるまで再びよく混ぜる。
「じゃあ、ここからは皆もやってみようか」
「わぁい!」
テーブルの上には、クマヤンがちょうど測り分けた材料が2セット並んでいる。
「おてて、まっちろ!えへへ」
テルルが見守る中、クマヤンのお手本に倣い、子どもたちもそれぞれのボウルに材料を混ぜ終えた。
「それじゃあ、生地をこねていくぞ~」
子どもたちでは力の足りない分、クマヤンが各々回り手伝いながら生地を様子見て、表面がつるりとしてきたらバターを15グラム、生地の中に折り畳むように混ぜ合わせ、しっかり全体に馴染ませたら、あとはひたすら待ちの時間である。
オーブンに弱く火を入れ、30℃で一次発酵、成形して型に入れ、35℃で二次発酵、その間に子どもたちとおにぎりでお昼ご飯を挟んで、最後に200℃までオーブンの熱を高め、鬼ごっこで時間を潰している間に、こんもり膨らんだ茜の山肌が眩しい食パンが3斤焼き上がったのであった。
欲望に負けて焼き立てを皆でトーストで頂いて1斤が姿を消すのは想定済み、その間に程よく冷めた残りの食パンをスライスし、ようよう本日の本題がスタートである。
星、犬、虹、そして…キノコはテルルの仕業であろうか?
子どもたちが思い思いに象って切り取ったパンの上にマーガリンを塗り、チョコチップやクランチ、砕いたナッツなどをしっかりとまぶしたら、ウェナ諸島に伝わるお祝いの定番、フェアリーブレッドの完成である。
「見て見てテルルお姉ちゃん!ママのこぶし!!」
「まぁ、上手!そっくりねぇ!!」
本日の主賓、マユラはといえば、誕生日の今日も今日とて養う子どもたちの為、闘技場でその剛拳を振るっているが、朝から始めたパン作りも今は夕暮れ、試合も終わり、そろそろ帰って来る頃合いだ。
部屋を飾る紙のリボンにクレヨンで描いたメッセージボード、山と積まれたフェアリーブレッドと、クマヤンお手製の温かいスープに、カットした残りを活用したパングラタン。
そして何よりも、子どもたちの笑顔というどんな疲れも吹き飛ばす最高の魔法が、マユラを手ぐすね引いて待っている。
~Happy Birthday~