そこで、ガンマの出番となる。
ガンマはマスタージェルミから、『しょうかん』の能力を与えられている。
それは天地雷鳴士へと洗練されていく中で、失われた御業。
今は亡き、古に崇められし善なる存在、大気中に漂っている彼らの意識を呼び寄せ、精霊として実体化させるものである。
何ともおあつらえ向きな権能であるが、アルファたちにとっては偉大な存在とはいえ、ジェルミは言ってしまえば変哲もない、いちアストルティアの民だ。
『しょうかん』の対象足り得るはずもない。
そこでアルファは、ガンマの力を増幅することでその問題をクリアできると考え、ついにはようやくその装置が完成した。
今日は記念すべき日となるだろう。
アルファをはじめ、ジェルミの子らは皆須らく、計画が失敗するなどと、夢にも思うことはなかった。
それは装置と一体となるガンマも勿論である。
身体がどこまでも軽くなっていくような感覚と共に、やがてガンマの意識は肉体を離れ、霊体となってふわりと宙に浮かび上がる。
どれだけ試してもぼんやりとしか掴めなかったジェルミの魂のかけらの反応。
自らを近しい状態に置くことで、今は手に取るように感じられる。
ガンマはただ、位置を掴み取ったジェルミの魂のかけらに意識を向ければ、装置はガンマの力を使いそれを引き寄せ、欠片同士を結合させる。
説明は耳にタコが出来るほど聞いた。
しかし、実際に装置を扱うのは今日が本番にして初めてである。
多少のイレギュラーは覚悟をしていたが、事態はガンマの想定を容易く踏み抜いていた。
(………え?どういうこと!?)
ガンマは、感応に任せるまま意識の目を向けた先に横たわる自身の身体に困惑する。
そして、同じくらいとびきりに大きい反応が、すぐ近くに2つ。
さらにその周りに小さな反応が無数に点在している。
(こんなに近くに………いや…これは…!)
それらの意味するところを理解し、ガンマは青ざめる。
何故なのか、を考えている余裕はない。
意識は肉体に宿るとはまこと。
さすがアルファの作である装置は正常に働き、早くもジェルミの魂のかけらを摘出されたガンマの身体は指先からはらはらとほどける様に崩れ始め、意識体となっているガンマの方にもチリッと指先に痺れるような痛みが走る。
それは肉体と等しくだんだんと這い上がるように広がって…痛みの先から手脚の感覚が失われていく。
「…!?姉さま!ガンマの身体が!!」
「…っ、馬鹿な…どうしてこんな…」
粒子と化していくガンマの身体、まだ状況を理解できぬままのアルファとベータはうろたえるしかない。
アルファもいずれ、計器を頼りにジェルミの魂のかけらのありか、その事実に気が付くだろう。
だがそれを待っていては遅い。
装置はガンマの知覚情報をもとに、アルファとベータを次の獲物とし鎌首をもたげている。
このままでは次々と大切な家族が、他ならぬガンマの力によりばらばらに分解されてしまう。
しかし、霊体と化している今、言葉を発することはかなわず、ガンマからアルファにその事実を伝える術はなかった。
(ごめんなさい、姉さま)
かくなる上は、装置を強制停止する他ない。
そしてその為には、アルファから装置の制御権を剥奪する必要がある。
「ガンマ!!?いったい何をしてる…!?」
突如として鳴り響く警報音、アルファは血相を変えてコンソールを叩く。
しかし、如何に相手がアルファであっても、今は直接装置と繋がっているガンマのほうが上回る。
アルファがガンマの入力したコマンドをキャンセルするより一手早く、ガンマは外部からの入力を遮断した。
(急がないと…)
装置を緊急停止させれば、分離しているガンマの意識体と肉体の接続も断たれる。
しかしもはや、戻る肉体はなくなるのだ。
そも、大好きな姉たち、そして、たくさんの兄弟たちと自分を天秤にかければ、答えは決まっている。
壊れてしまうことなど、皆を失うことに比べれば、怖くない。
思えば姉さまに逆らうのは、生まれて初めてで、そして、最初で最後の経験だ。
いつだって姉さまの言葉は的確で、間違いは無かった。
だから、わたしの行動の意図は直接伝えられないけれど、姉さまなら、きっと気付いてくれる。
そして解決策を見出して、いつか、皆がジェルミさまと暮らせる日々を取り戻してくれるはずだ。
だけれど…皆の側にいられなくなるのは、少し…さみしい…な………
アルファにもベータにも為す術はなく、やがて鈍い振動音を最後に装置が止まると同時に、カランと、その頬に埋まっていた赤い宝石だけが、ガンマが横たわっていたはずのベッドに転がり落ちた。
続く