「………」
姉さまと2人、ガンマの新しい身体を載せた台車をひく。
そうはいっても台車は羽根のように軽く、何かに没頭するふりをして、話さず済むようにしているだけだ。これでガンマを助けられる。
しかし、姉さまは言われた通りに、ジェルミさまのことを諦めてしまうのだろうか。
………でも、それもいいのかもしれない。
今回は何とかなったが、もし本当に、ガンマを失うことになっていたら…
ぐるぐると迷いと悩みをかき混ぜていたのは、姉さまも同じだったようで、私たちが我が家の方から立ち昇る黒煙に気付いたのは、もはや目と鼻の先にまで近付いてからだった。
「………どう…して」
「姉さま!早くガンマを…!」
アルファを叱咤し、ベータは我先に瓦礫を掻き分ける。
ガンマの仮初の身体は手に入れたのだ、家などまた作ればいい。
ガンマのコアさえ無事であれば、全てやりなおせる。
夜中に降った雨にさらされていても、焼け落ちた残骸は未だ熱をはらみ、ベータの掌をじゅうと焼く。
しかしそれを欠片も意に介さず、ベータは一人、ガンマを探す。
姉は未だ座り込み、放心している。
無理もない。
ガンマがあんなことになって、さらにはこの有様。
姉が一番、母と過ごしたこの家に思い入れがあっただろう。
心が折れて当然。
それに、力仕事は私の領分だ。
「…ッ!」
どれだけの時間を要したか。
ベータはようやくガンマを見つけ出し、焼け焦げてもはや骨格も覗く指先で拾い上げる。
その気配を察して、走り寄ったアルファがベータからひったくるようにガンマの魔法石を受け取った。
………しかし、手遅れだった。
「あ…あぁ…ダメだ!…ガンマ…いくな…!」
まるで血の塊のような赤い宝石は炎の熱に曝されてか真っ二つに割れていて、断面から徐々に粉と化していく。
もはや崩壊は止まらない。
アルファの掌の上で、赤い宝石は砕け散り、消滅した。
永遠に続くような、言葉に表せない慟哭が響く。
赤い宝石のレシピは、ジェルミのノートには残されていなかった。
仮にこの先、その製法に辿り着いたとして、ジェルミと異なり、アルファ達には魂がない。
その部品がなければ、いくら姿形を似せようとも、けしてそれはガンマでは、大事な妹とは、違う。
ガンマはもう、戻らない…
やがて逃げ果せていた兄弟たちから、事情は聞けた。アルファとベータの不在中、アルファたちのことを訝しみ、初めてここへ訪れた村の者たちは、魔物と変わらぬジェルミの子らの姿を見て、半狂乱に火を放った。
兄弟達には手足が無い。
ガンマの魔法石を持ち出す事はかなわず、焼け落ちていく思い出の家をただ見つめるしか出来なかった。
兄弟たちは自身を責めるが、そうではない。
死体を探し求め村人を訪ねてまわったことが、最大の原因だろう。
ジェルミを一番近くで見てきた。
だから、同じように、何でも出来るはずだ。
その驕りが、大事な妹を失わせた。
自分は足りていない。
何もかも、何もかもがだ。
だから、万全に万全を期せねばならない。
あの錬金術師が持っていたおうごんのうでわが必要だ。
そして、乙女のたましいも、充分な数が要る。
なるほど、今なら理解出来る。
母とも呼ぶべきジェルミさまがいなくなった時には、まだ実感がわかなかった家族を失うことの嘆きと悲しみ。
正であれ負であれ、これは、純粋で途方もないエネルギーだ。
それをもって、今度こそ、母を造り出す。
焼け跡のうえで俯いていたのは数分か、はたまた数日か。
やがて面をあげたアルファの瞳からは、光が消えていた。
「………ああ、ガンマ。わかっている。わかっているとも。あと少し、あと少しなんだ」
声が、消えない。
ガンマを壊してしまった私、それでも変わらずそばに立ってくれるベータの、ガンマと同じその姿を歪にオーガへと作り変えようとも、自らの似姿をあえて不完全に造り、幾度も無為に廃棄することで己を罰したつもりになろうとも…
あれから500年。
ガンマは私の耳元で、今も絶えずささやき続ける。
私の犠牲に見合う成果はまだか、と。
地下工房の暗闇の中、静かにアルファは瞳を開く。
呼応するように、眠りについていた錬金釜や各種計器類が息を吹き返し、光を宿す。
払った犠牲に見合う対価を獲るまで、止まることなど出来ない。
正面の巨大な水槽に沈むは、かつてガンマの為に造ってもらった身体。
しかし今や面影はなく、丸太のような腕に脚、頭だった部分はドーム状のガラス張りになっていて、その中身は伽藍の堂だ。
水槽を満たす薄黄色い薬液が淡く辺りを照らす中、アルファは道すがら思案したプランに基づきサージタウスの改良に取り掛かるのであった。
続く