「はぁ~~~緊張したぁ…」
部屋を退出するなり、陽の色の髪とアズライトの瞳、アストルティアに広がる蒼空を煮詰めたような少女は大きく息を吐いた。
「まったくだポ。ここに呼ばれるたび、1年は寿命が縮んでるに違いないポ…」
三角帽子の下から、やれやれと賛同する声があがる。謁見の機会はこれが初めてではなくとも、相手はヴェリナードの女王陛下、慣れぬものは慣れぬ。
「ん~~~…んーーー…」
続くウェディの少年は腕を組み、精一杯に悩んでみるが、自身も漁師の村の出身ゆえ、畑違いとまではいかずとも、しかしあまりにもスケールの違う話に答えを見出だせない。
「あ~駄目だ、何か良い手、浮かぶかギブ?」
「ふっふっふ。僕達には、とっても頼りになる仲間がいるじゃあないか」
半ば諦めつつも相棒のドワーフに話をふれば、巨大なリュック越しに振り向いたその顔には満面の笑みが浮かんでいるのであった。
それから2ヶ月の後。
「ふははははっ!!ヨーソロ~~~ッ!!!」
海に空、どこまでも蒼の広がるウェナ諸島の沖に快活な声が響き渡る。
エスコーダ商会の帆船、その巨躯に見合いバウスプリットも太ましいとはいえ、丸太は丸太である。
荒波の揺さぶりも加わり、足場としては不安定極まりないその場所にピタリと立ち続けるバランス感覚は、驚愕に値する。
いつものツナギ、しかしツンツン頭をキャプテンハットに覆い隠した大棟梁の姿は、誰がどう見ても船長以上に船長らしくキマっていた。
「…随分とかしましいフィギュアヘッドだな」
随伴する小舟に寝そべり優雅に葉巻をくゆらせながら、テンガロンハットの隙間からオーガの魔法使いは声の主を見やる。
「良いじゃねぇか!何事もド派手が一番だ!!」
「…こちとら、暑苦しいのは充分足りてんのサ」
わずかな毒気は、張り合うように小舟の船首に仁王立ち、キシシと笑うリーダーの耳に届いただろうか。
漂うもっさり感を遮断するようにテンガロンハットを引き下げ、目元を覆う。
「レイドってのはこうでなくちゃあなぁ!!姐さんその酒、オレにも一杯くれ!」
「駄目だね。最近、許嫁が前にも増して休肝日休肝日と煩いんだ。こいつは1滴たりともやらないよ」
「…向こうの船から刺すような視線。後でどうなっても知らない」
身体を上回る大きさの樽を抱きしめ、既にすっかり赤ら顔の剣士の横で、ウェディの盗賊は忠告だけ済ますと後は黙々とナイフの手入れに余念がない。
つまりは荒野の快男児JBのパーティは総員この上ないほどに臨戦態勢である。
「壮観だなぁ!」
その遥か上空、飛竜に跨がり、オーガの少年は眼前に広がる大船団に感嘆の声をあげる。
「そろそろ風が強くなる。シア、振り落とされないように、気をつけてね」
「…はい、ユルール様」
少年の腰にまわした腕の力を強め、フェイスベールの下で褐色の頬が桜に染まる。
「ヨナっペもギュッとしていいんだぜ?」
「へぇ?こうかい?」
「アバラがヘルチェイサーーーッ!!?」
バキバキと何かが小気味良く砕ける音と共に悲鳴が空をつんざく。
「馬鹿言ってるとアンタの席は尻尾の先になるよ。しっかり手綱握んな」
前に座るエルフの魔法使いアマセよりも小柄ながら、ヨナは超一流の武闘家なのだ。
軽い冗談でうっかり召されかけたアマセであったが、慌てて飛竜のバランスを取り直しユルールの駆る飛竜に並ぶ。
『みなさん、よく集まってくれました!また会えて、とても嬉しいです!!』
ギブには流石に、大棟梁に並ぶ肺活量は無い。
拡声器を用い、歓迎の一礼から幕を切る。
ギブの秘策とはズバリ、依頼主が女王ディオーレであるがゆえの潤沢な報酬を活かした人海戦術。
ヴェリナード、ひいてはアストルティア全土に関わる危機を前に、JB、ユルール、そしてアストルティアに名の轟く彼らに一切の引けを取らぬ豪の者たち、そう、かの突入部隊を再招集したのだ。
さらにはそれぞれが馴染みの冒険者を募り、ロマンらの乗るエスコーダ商会の大型帆船を旗頭に、突入部隊の面々が乗る小舟がまわりに幾多展開し、一大船団を築き上げていた。
「今年はもう仕事を納めたつもりだったが、こんな面白い話、乗らない手はない」
「ヴェリナード軍としても、全力でサポートさせていただきます」
「歌って踊って、盛り上がっていこーーーッ!」
気合も充分に鬨の声が端々から上がる中、いよいよ船団は目標の海域へと到達する。
『さあ!!獲って獲って獲りまくれ~~~ッ!!!』異世界からの侵略者すら容易く追い払えそうな、かつてない戦力で彼らが挑むものと言えば、海中に煌めく濃紺のまだら模様…
そう、大量の鯖である。
続く