鯖の群れにはエスコーダ商会の帆船が単機で対応にあたり、冒険者たちが繰る小船はぐるり漁場を取り囲むように陣を敷く。
ロマンの設計による捕縛網が爆音と共に幾度投射され、その度に大量の鯖が船倉へと雪崩込む。
所詮は鯖では?という疑問はもっともである。
しかし、見渡す限りを埋め尽くすほど大量に海面近くを回遊されては船舶運航の支障となるのはもちろん、何よりの大問題は、鯖という餌に引き寄せられた海洋モンスターの大軍勢である。
「やあやあ、おいでなさったぞ」
「飛んで火に入る夏の虫、いや、海の魚人や烏賊と言うべき?」
過去にも同様のケースで、各地の船着場や大地の箱舟の橋脚が次々と破壊され、甚大な被害をもたらした。鯖問題はけして放置できぬ国家的大災害なのである。そして今、鯖が足を止めたことにより、追いついた魔物たちが一斉に押し寄せる。
小船にしがみつき這い上がろうとするマーマンを蹴落とし、かたや、海面から飛び出してきたとつげきうおをすれ違いざますらりと鎌で裂く。
遅れて浮上し影を落とす巨大なだいおうイカから雨のように降り注ぐ触腕の殴打を、プクリポの小柄な身でありながらたった一人の令嬢が華麗な盾さばきで全て凌ぎきったところ、上空から急降下の勢いをつけたギガスラストの一閃が疾走り、だいおうイカに風穴があけられた。
敵は海からばかりではない。
ひくいどりに、シルバーデビル、サイレスにケツァルコアトルス………
魔物が形作る黒雲を、幾重にも暴走魔法陣を重ね抜いたメラガイアーと、四人がかりからなる極大消滅呪文の火線が交差し薙ぎ払う。
眠りを誘う呪い唄が奏でられようと、それを掻き消すポップで勇ましい歌唱が戦場をステージに響き渡る。
ぐんたいガニ、その硬い甲羅をものともせず浸透勁が沈黙させ、パーティメンバーのハンマーに乗り、打ち上げられた高高度からの錐揉みを加えた急降下キックがしびれくらげの軟体であろうと数体まとめて打ち据えた。
船から船へ、果ては振り抜かれた刃の先すら足場として八艘跳び、道すがら剣閃と魔物の血飛沫が迸ったかと思えば対岸にて、天翔ける星のような理力を纏った刃が海を割り、指向性をもたされた爆風が後続を押し留め、戦況を整える。
如何に視界を覆い隠さんばかりの大群とはいえ、所詮は烏合之衆、彼らの敵ではなかった。
しかし、一端の冒険者であったならば我こそはと飛び込まざるを得ないこの饗宴のさなかに、肝心の総大将の姿はない。
違和感といえばもう一つ、あらかた鯖も魔物も片が付いたかという段となったというに、何故だか逆に空気がしんと冷えたのを一同は感じていた。
「………」
先祖伝来の戦鉈、柄のサラシをかたく巻き直しギュッと握れば、まるで腕の延長であるかのように手に馴染む。
ソウラが皆とともに暴れ回りたい気持ちをこれまで必死に堪えてきたのは、この時に備えてのこと。
ロマンに代わり船首に立ち睨んだ先、シャチともクジラとも似た途方もなく巨大な魚影が一直線にこちらへ迫り、やがて鬼の角のような2本の鋭いヒレが海面を割いて飛び出すのであった。
続く