「…来たな『ぬしさま』!!」
それは4年に1度、ルシナ村の沖に回遊してくるという、とてつもなく巨大な魔物。
「ソウラ~~~っ!ファイトだよっ!!」
「おうっ!」
若き日のソウラの父も、今は失われた祭りの一環で戦鉈を振るい、ぬしさまと戦ったという。
鯖を魔物が狙い、そしてその魔物を狙って現れるであろうぬしさまには、手出し無用。
かつての父の軌跡を追い、一騎打ちを挑むと決めていたのだ。
「やったれぇ!大将!!」
「腑抜けた戦いを見せたら承知しないわよ!」
あとは高みの見物、気楽に囃し立てていた面々であったが、いざ、ぬしさまがその姿を見せると雲行きが怪しくなってきた。
「…って、待って待って待って!何か様子がおかしくない!?」
「おいおい、ここまでたぁ、聞いてねぇぞ!?」
ソウラの背の向こう、今や海面から浮上したぬしさまの鎌首はとうに旗艦のマストの高さを超え、更に更に持ち上がる。
「「「でっ、か!!!?」」」
祭りが行われなくなってはや数十年。
その間、ぬくぬくと育ちに育ったまさしくこの海のぬし。
その山のような巨体が今度はゆっくりと海面に向かい倒れ込み、当然の帰結、ぬしさまの巨体に負けず劣らぬ大波が船団へと押し寄せる。
「お、面舵!…いや取舵?とにかく避けろ~~~っ!」
「いや間に合わない!先生方、もう一発メドローアは…無理か!無理だよな!とにかく鼻血を拭いて!その量心配!!」
「ちょっ!ちょっ!ちょ~~~っ!沈む沈む沈む~っ!」
「非常口は何処ですかのーーー!?」
「平気、シュノーケルあるから」
「いやいやいや!?意味なくない!?」
あわや皆諸共に転覆か、という刹那、ビシリと大気が割れるような音が響き、大波が凍り付いた。
「…ぶはぁ~~~…っ…間に…合った………はぁ…はぁ…はぁ…」
なけなしの魔力を使い果たし、エスコーダ商会の御令嬢は甲板に突っ伏す。
「ナ~イス!!ちなっ!!」
「表面を出来るだけ分厚く凍らせただけ。この海水の質量…長くは保たないわ」
言葉の通り、早くも氷塊の端々には亀裂がはしり始めている。
「充分さっ!すまない、そういうわけで予定変更だっ!時間との勝負になっちまった!みんな、力を貸してくれ!!」
不満の声など、あがる筈もない。
緊迫感は相変わらず漂うも、皆何処か楽しげだ。
彼らの表情には、笑みすら垣間見える。
「結局こうなるか!ははっ!!」
「そうこなくっちゃあな!」
「ちゃんと、ぬしさまの名に恥じぬ強さなんだろうな?楽しみだ」
「前衛部隊!突撃陣形!!」
それもそのはず、トラブル&アクシデント、予定や計画通りに進まない状況こそ、冒険の醍醐味である。
「さぁ!最後の仕上げだっ!みんな、行こう!!!」一騎打ちの話は何処へやら、ソウラを先頭に一同総出で、からくもぬしさまにお引き取りいただいたのであった。
続く