黒と白を基調とし、迫るバレンタインを意識して、バズスイーツカフェよりは格式高く、しかしメギストリスに居並ぶ高級喫茶室よりはフランクに。
どこかメイド服を思わせるショートドレスを身にまとい、姿見の前でテルルはくるりと身を翻し着心地を確認する。
何を隠そうこの装束は、テルルも出資し、モデルとしても参画しているオーガ女史向けブランド、オガデスの次期主力商品である。
今日は販促ポスターに使う写真の撮影日。
カメラマンのあげはをはじめとして、オガデスに関わるスタッフも集結しているのだが、肝心のデザイナーの姿はまだない。
それもそのはず、ある企みの為に、彼女にはあえてスタジオ入りの時間を遅く伝えているのだ。
「………え?それ…まあ、やるのはいいんだけども…」
企画内容を聞かされた時、テルルの表情にははっきりと疑問が浮かんでいた。
評判や人気というものは、目に見えないだけあって、理解しづらいものだ。
まして、それが他人から見た自分に関してのことであればなおのこと。
顎に人差し指を立てて首をかしげるテルルは、皆の提案が効果的なものなのか、今ひとつ確信が持てずにいたのだ。
相手はファンクラブナンバー1桁台、ソロ、グループ活動問わず、ライブにはほぼ欠かさず駆けつけてくれている。
確か、阿漕なエスコーダ商会の営業担当に騙されたという時だけ遅刻を免れず、特別に彼女の為だけに何曲か披露してあげたこともあったか。
腕が引きちぎれんばかりにネオンスティックを振る姿は記憶に新しい。
しかし同時に思い出されるのは、オガデスのサマーコレクションの折、挨拶を交わした際のしゃちほこばった様子だ。
「そんなにかしこまらなくてもいいのに~」
テルルは緊張をほぐそうとフランクに肩を叩こうとしたものの、あまりの硬直ぶりに、もしかしたらその衝撃で氷の彫像のように砕け散ってしまうのではないかと思い、手を引っ込めたほどである。
「初対面でもないじゃない?」
とはいえ、昨年末、いなり家にてすき焼きの鍋を囲んだときは、もっとフランクであったではないかとテルルは訝しんだ。
「はっ、はいッ!まことに、ご無沙汰しておりますッ!!」
バキッと音がしたのではないかというほどの、見事な垂直のお辞儀。
ライブに顔を出してくれるのは、互いに従業員かつ雇い主であるという、複雑な繋がりからの社交辞令的な面もあるのではとテルルが勘違いしても無理はない。当の彼女が宴の折には、こんな近くに激推しがいるはずがないと半ば茫然自失からの現実逃避というバフ状態にあったことなど、知る由もないのだ。
「大丈夫大丈夫!大喜び間違いないのだわ!!」
「うんうん!」
しかし一歩退いた立場の周りから見れば、彼女のExte、ならびにテルルに向けた並々ならぬ愛情は火を見るよりも明らかである。
マユラにあげはからも太鼓判を押され、そうも言うならばとテルルは大人しく箱の中に納まり、上からそっと蓋が被せられた。
同時に、パタパタと階段を駆け上がってくる足音。
「ごめんなさい!時間、間違えてました!?」
ポニーテールをなびかせ、息を切らせて主役が現れる。
「ううん、むしろ早いくらい!」
事実、伝えた時間より1時間は早い。
エントランスにかかるスタジオ貸切時間の記載を見て、遅刻したのではと焦って駆けてきたのだろう。
本業の占い師然としたフェイスベールもまた、息を整えるに障害となっている。
ようよう肩でする荒い呼吸もおさまって、きっと顔を上げたところで、テルルへの合図も兼ねたクラッカーが打ち鳴らされた。
「えっ…!?なになに!?」
目の前には、白地に赤でリボンの柄があしらわれたシンプルで巨大なプレゼントボックス。
理解が追いつかず、戸惑う彼女の前で、パカーンと蓋が弾け飛ぶ。
「お誕生日、おめでとう!!!いつも応援してくれるユクさんに、もえもえキュン!」
軽快な踊りを交えてからの、真心こめたハンドサイン。
テルルの表現力により、特大なピンクのハートが指先から迸り、ユクを直撃する幻視を皆がはっきりと確認した。
ありもしないはずの風圧にフェイスベールは吹き飛び、驚きから目玉は飛び出し、息をすることを忘れた口角が垂れ下がる。
そう、失礼ながら、この時のユクの表情はドロルに似ていた。
そしてそのまま、ピクリとも動かなくなり30秒。
「…お~い…ユクさん…?」
「し、心臓が止まってる!?」
「え~っ!?こ、ここここういうときはマウストゥマウス!?」
「助けたいのかトドメを刺したいのかどちらなのだわ?」
からくもマユラの打成一片の拳にてユクは息を吹き返し、お祝いの巨大オムライスを皆で囲んだのだが、当然そこにはテルルによるケチャップ文字が刻まれるわけで、再び心臓が止まりかけるユクなのであった。
~HappyBirthday~