山奥の古民家。
のほほんを絵に描いたような穏やかな軒先だがしかし、今朝は一触即発の空気をはらんでいた。
「何かじにー、こう、輪郭がさ…」
「あ~、そうね、何だか…」
「キュ~…キュキュ…?」
リーネとあげははともかく、あげはの連れる精霊のモモまでも、言葉以上に物語るつぶらな瞳でじにーを貫く。
「お~~~っとストップ、それ以上続けたら…戦争だぜ?」
全てはいなり家のおせちが美味しすぎたのがいけない。
年始の不摂生の影響から、一流のパラディンへ一歩も二歩も大きく近づいたなどということは重々承知しているので、今さらの指摘はノーセンキューなのだ。
「ささ、とにかく入って入って」
冬至を過ぎているとはいえまだ朝方はキンと冷える、挨拶もそこそこに囲炉裏を囲み暖を取る。
囲炉裏の火の上、煮詰まらぬよう自在鉤で距離をあけた先にかかる鉄鍋は、ふつふつと耳を楽しませる音を奏でている。
鍋の中でくつろぐは、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの七草を炊いた粥である。
今日は、新年明けてはや七日の節目。
ウェナ育ちのじにー、あげは、リーネであるが、郷に行っては郷に従え、この古民家の建つエルトナの風習を体験してみようと集まったのだ。
七草粥もまた節句を象徴する料理、おせちと同じくセリは『競り勝つ』、ナズナは『撫でて汚れを取り除く』など七草それぞれに意味を持ち、この先1年の無病息災を祈るとともに、正月の暴飲暴食で疲れた胃腸を労るものである。
用意した七草を食べやすい大きさに切り揃え、わずかな塩とともに粥の食感と遜色なくなるまで茹でる。
いったん引き上げ、水をよく切っておき、先の茹で汁を使って粥を作り、あらためて七草を添えてかき混ぜれば完成だ。
春の近づく雪解けの大地のように、灯りに煌めく粥の白い肌のそこかしこに覗く新緑が見目麗しい。
「「「いただきます」」」
言ってしまえば質素ながらも、どこか厳かな見目に、気づけば正座にて椀の前に手を合わせていた。
材料を集めるため、昨日は相当山を歩き回ることを覚悟していたじにーなのだが、古民家のすぐ裏手で七草は全て見つかった。
あまりにも、都合が良過ぎる。
きっと、かつてここに暮らしたアカツキとたぬきちもまた、毎年一月七日、人日の節句を祝っていた、その名残りなのだろう。
久方ぶりに立ち昇る七草粥のたおやかな湯気と春の薫り、そして優しい味わいは、3人と1匹の五臓六腑諸と心をも癒し、優しく茅葺き屋根に染み渡っていくのであった。
続く