「…ホントにいた~~~ッ…!?」
りゅーへーの感知を疑っていた訳では無いが、導かれるままに辿り着いた先にベータの後ろ姿を見つけ、らぐっちょは木陰に身を潜め、小声ながら仰天の声をあげる。
「一人、みたいですね…」
りゅーへーの感知もピンポイントとはいかない。
片割れを見つけられただけでも大収穫である。
「…何をしているんでしょう?」
りゅーへーの位置からは、死角となりベータの様子は窺い知れない。
「え!?ちょっ…らぐっちょさま!?」
今しばらく息を潜め、動向を探るものかと思っていたりゅーへーは、何かに気付いたらぐっちょが、がさがさと草を踏みしめる音も構わずベータのもとに歩み始めたものだから、驚きを隠せない。
「…このお墓で眠る方が、お姉様のおっしゃった理由、でありますか?」
いたって簡素ながら、丁寧に手入れされてきた事がわかる小さな石碑。
「生憎、花の用意がなく…」
やむをえずとも不手際を詫びて、らぐっちょもベータの隣に跪き、祈りを捧げる。
「………どうやって…いや、そんなことはどうでもいいか」
ベータは少しだけ驚いた様子を見せたが、りゅーへーの不安に反して、戦端が開かれることはない。
相手は言葉を解さぬ獣ではないのだ。
大切に想う故人の前で、武器を抜く阿呆はいない。
「妹は関係ない…いや…そうなのかもしれない。妹のことがなければ…」
ガンマを助けることができていれば、どうだっただろう。
500年前のあの日、ガンマを喪ったあと、ベータは手の傷の影響から高熱を出し意識を失い、気がついた時には数日が経過していた。
「ああ、良かった。意識が戻ったか」
姉さまが兄弟たちの一部を連れ村へと向かったと聞き、慌てて駆け付けた先で、姉さまは振り向きざま、いつもの笑顔を向けてくれた。
「少し待て。今、データをまとめている」
安心したのも束の間、次の瞬間、すとんと姉さまの顔から、感情が消える。
「姉さま…これは………いったい…」
ここには、村があった…はずだ。
通い慣れた道、周りの風景を見紛うはずはない。
「…待てと言った。今、一番効果的なパターンを確認している」
一面、黒い灰のみ残して焦土と化した地で、姉さまは黙々と手に持った石板型端末の表示を一つ一つ確認していく。
地下工房での研究の際とまるで変わらぬ姉の様子に、ベータは混乱を隠せない。
この状況の理由を色々考えた。
ガンマの喪失に、ここの村人たちは関わっている。
復讐…いや、違う。
姉の表情からは、一切の恨み辛みは感じられない。
言葉の通りただ淡々と、結果を蒐集している。
そこに記されているのは、村人一人一人の顔写真と…各々がどのようにして、活動停止に至ったか。
またその際に回収されたエネルギーの数値である。
傍らのフラスコの中には、液体とも気体ともとれぬ小指の先ほどの何かが揺らめいていた。
形も状態もまるで違うが、その不可思議な色合いは、錬金術師の工房で見た宝玉に似ている。
「うむ、よしよし。さあ、次だ。これから忙しくなるぞ、ベータ」
姉さまを止めるなら、たぶん、この時だったのだろう。
しかし、ガンマの魔法石のように、触れたら砕け散ってしまいそうな姉さまの様子に、何も言うことが出来無かったのだ。
「…で?姉さまは無理でも私なら、もしかしたら言いくるめられるかもと思ったか?」
このプクリポ、どうにも神職とは思えぬなまぐささを感じるが、少なくとも妹の墓の前で手を合わせる様は真摯であった。
「下心見抜かれて~!?いや、そんなやましいつもりはなくて!ただ親睦が深まるといいなというか、あとは若いお二人でというか!?」
図星と言わずも当たらずも遠からずを見事に貫かれ、らぐっちょの支離は滅裂である。
「はぁ…安く見られた。いや、どうりで、姉さまに見捨てられるわけか…」
「それはどういう………」
寂しげな表情の所以を掴みかねて戸惑い、何か声をかけようと思案するらぐっちょであったが、それを遮りりゅーへーの悲鳴に近い声があがる。
「らぐっちょさま!母さまの気配が、遠ざかっていきます!!」
「なんですとー!?」
りゅーへーの視線の先を追えば、すでに遥か彼方、豆粒のようにしか見えない飛翔体の姿をかろうじて発見する。
「悪いことは言わん。逃げたほうがいい。巻き込まれるぞ」
ーーーお前とはここまでだ。
サージタウスの改良を終えたあと、有無を言わさずそう告げて、姉さまは去っていった。
完璧主義な姉さまのこと。
きっと、口封じの策を講じているに違いない。
ベータの予想の通り、辺りは急速に陰り、ひときわ巨大なサージタウスが天空より舞い降りるのであった。 続く