右、左、右と振るわれる爪を槍の柄でいなす。
改造前の姿、ブーストランスのような隠し玉は、今のこの槍にはない。
二段展開したスーツによりフィジカル面の恩恵はあれど、あくまでも頼りになるはハクト自身の槍さばきである。
初手こそ先を取られたハクトだが、今やフタバもどきと互角に渡り合っている。
(やっぱり、ケルビンは天才だ。でもだからこそ、やりやすくなった!)
ハクトと本物のフタバとの接点は少ない。
それこそ、まともな会話など暴走直前の大地の箱舟での一幕くらいのものだ。
それでも、武器を交えれば交えるほどに、目の前の歪が所詮は見てくれだけをいい加減に似せたものであると、一つまた一つ本物との違いが詳らかになっていく。
親友の妹、もしかしたらそれ以上の……いや、無用な憶測は置いておくとして、当初こそその似姿に刃を向けるのは気が引けたが、ここまで違うと分かれば逆にその歪さが鼻につき、いち早く打ち砕かねばと感情のベクトルは反転する。
爪撃の合間に挟まれる、何度目かの刺し貫くような鋭い蹴りを、ぐいと後ろ手に溜め込んでから横薙ぎに繰り出した穂先で受け止め、そのままに振り抜く。
フタバもどきが押し戻され、たたらを踏んだところへ間髪入れずに突き出した穂先は、しかし交差させた爪の背に阻まれた。
突き飛ばし距離をとる為の全力の一撃であったが、フタバもどきは足先の爪で床を踏み砕いてとどまり、遂には圧し勝って槍の穂先を払い落とすに至る。
開ききった両腕の代わりに、ギパッと艶めかしい金属音を響かせてブリキ頭の顎が開かれ、鮫のそれのように尖り、不揃いな牙とオイルを撒き散らす生物的な舌が覗く。
そのままハクトを噛み千切らんと突き出されたフタバもどきの頭頂を、払い落とされる威を借りてぐるりと縦に回転させた槍の石突が強かに打ち据えた。
本物のフタバは、あれでいて実のところはかなりクレバーで、斯様に性急に攻め込むことなどまず有り得ない。
本人の名誉の為にも付け加えれば、噛みつきを攻撃の手段とすることも無いだろう。
正確にフタバを再現しなかった。
それがフタバもどきの命取りとなり、見た目に反して強度はイマイチであったのか、頭部は中程まで大きく凹み、そのまま地に打ち据えられて機能を停止した。
「……思いのほか早かったな」
不意に、あまりにも至近からケルビンの声が聞こえ訝しんだ次の瞬間、首筋にチクリと僅かな痛みが走った。
「な、に……を……」
これまで不眠不休、積もり積もった疲労は勿論自覚している。
しかしこの突如として襲い来た抗えぬ身体と瞼の重さはそれでは説明がつかない。
一服盛られたことよりも、ケルビンがどうやってスーツの隙間を知ったのかに思いを巡らせるうち、聞き覚えのあるエンジン音がハクトの耳をうつ。
「とはいえ、クライマックスは目前だ。装備の試運転も済んだことだし、急ぐとしようか」
(……僕の……ウルベアンチェイサー……?)
ジャイロの風圧もジェット推進の熱風もなく、反重力で宙を滑るように近付く見慣れたシルエット。
しかし、その底面から伸びるマジックハンドはハクトの設計には存在しない。
「な……か……ぁ……」
抗議の声は舌が泳いで言葉にならなかった。
「睡眠薬のみならずコリがほぐれるよう特製の筋弛緩剤もブレンドした。無理に喋ろうとすると舌を噛むぞ。粋な計らいに涙が出るだろう?いや……ああ!そうか!ここが地下なのにどうやって外に出るのか気になっているんだな!?」
2本のマジックハンドはがしりとそれぞれにハクトとケルビンを掴み上げ、2人を吊り下げたままゆっくりと高度をあげていく。
「ほれこうすれば、カモフラージュの岩山が割れてだな」
(それは心底どうでもいい!)
ハクトのように背中の側から腰を掴まれるのが絶対に正解だったと思うのだが、腹を上にぶら下がるケルビンは重力に頭と足を引かれ、視力検査の記号のように海老反りながら、なお聞いてもいない解説を続ける。「貴様に隠れてケラウノスマーク2に操縦を練習させるのは随分と難儀したが、なかなかのものだろう?」(明らかに下手くそだよっ!!)
ケルビンの不健康極まりない土気色の顔は早くも鬱血から赤みを帯び始めている。
(ああ……もう、意識が……)
もはやヘルメットに据えられた催眠対策のアラート音をもってしても耐えきれない。
まだ到底ツッコミ足りないことを悔やみつつ、ハクトは深い眠りに落ちるのであった。
続く