「……グランドラゴーン」
しかしそれはオルカンからではなく、明後日の方向から飛んできた。
皆が一様に視線を向けた先、白を基調としたボディスーツをまとう一人のドワーフの姿がある。
「おぬし、何故その名を…」
首を傾げるしかないユクたちを置き去りに、オルカンはその目玉が飛び出さんばかりに目を見開いた。
「百年周期、地脈エネルギーの高まりにより顕現する竜の夢が象る大地。過去、その扉はけして開くことはなかったが、此度は違う。今や海底に眠る封印の礎は存在しない。ようやく……ようやくだ。この時をずっと待っていた」
ユクたちに見せつけるように、闖入者はアキバから奪った神気の満ちた宝玉を掲げる。
体格はまるで違う。
しかし身にまとう雰囲気は、ゴーレムの腕を持つ襲撃者と瓜二つで、否が応でも緊張が走る中、ユクはその言葉を一言一句漏らさず噛み砕く。
「封印の礎……そうか!」
何故、因果関係を疑わなかったのかとユクは舌をうった。
村人たちの危機感の無さは言い訳にならない。
そこから封印は盤石で時間的猶予があると誤認したのは、あくまでも自分のミスだ。
数ヶ月ほど前のこと、ユクは魔界にて世話になった太陰の一族が起こした事件を調べた。
アストルティアに帰還し、短くも濃い時間を過ごした魔界での冒険の先へ進むために、必要だと考えたからだ。
その中で知り得た情報の一つ。
太陰の一族の本拠地イシュナーグ海底離宮は、茨による石化の呪いで永きに渡り、彼ら諸共に封印状態にあった。
その場所はまさに、今夢幻郷が浮かんでいるあたりの直下ではないか。
何故関連を疑わなかった?
太陰の一族の目覚めとともに、封印の茨も枯れ落ちた。
そしてその手に握られるは恐らくチンターマニ、鍵としては申し分あるまい。
このままでは、禁忌の扉が開く。
「……行かせちゃ駄目!!」
断じて、ここを通してはならない。
しかしタロットケースに手が伸びるよりも、ポーチからピンクパールを掴み取るよりも早く、ユクとじにーの背後で轟音が響き、立っていられないほどに地を揺らす。
「きゃあああ……っ!?ちょっ、なにこれ!?」
地震を引き起こしたのは、メイデンドールの落着だ。そしてその鳥籠のような下半身の檻の中にあげはとモモを捕らえ、手を差し伸べる暇すらなくメイデンドールは再び遥か空高くへと舞い上がる。
「……くっ、駄目だ」
宝石魔術で撃ち落とそうにも、既にあげはの安全が確保できない高度である。
理由はわからないが、敵はもとよりあげはを攫うために姿をさらし、こちらの気を引いたのだろう。
「村も危ないかも!オルカンさん、行ってください!!」
「く……嬢ちゃんがた、気を付けろよ!!」
ユクもじにーも一流の冒険者、この場ではむしろ自分が足手まといになることが分からぬオルカンではない。
それでも客人を戦場に残す不義理、唇が切れるほどに悔しさを噛み締めオルカンは走り出す。
「じにーさん!」
「分かってる!秒でこのチビッ子泣かせて、あげはを追うよ!!」
「……あ~、うん、間違ってないんですけど」
すこぶる聞こえが悪いのはどうしたものか。
兎にも角にも、こうしてルシナ村での戦端は開かれたのである。
続く