魔王の初手に小手調べなどという陳腐な言葉は当てはまらない。
一見、どんな変哲のない攻撃であれ、その枠を遥かに逸脱するからである。
ラインの力で増強したわけでもないただのメラミ、しかし3つの火球それぞれがメラゾーマにも匹敵する威を伴ってアルファに迫る。
避ける素振りも無く真っ向から受け止めた刹那、キンと澄んだ音が響いた。
(ウルベアン・ドールと同様の魔力吸収呪文の障壁……いや……それにとどまらぬか)
自ら放った呪文を追うように駆けるイシュマリクめがけて、メラミが跳ね返る。
その時にはもう両者の距離は至近、じにーのみならず、ユクもまたイシュマリクが自らの呪文に焼かれる姿を想像してしまったが、当然、そうはならない。
飼い主に噛みつかんとする狂犬を、振り上げざまのロングソードで絡め取り、紅炎の理力と変えて刀身に纏わせた。
再びイシュマリクに忠誠を誓うが如く、豪と天へと立ち昇る焔を前に、ようやくアルファは一歩を踏み出し、拳を振り上げる。
「遅い……」
気付けば剣は振り抜かれ、アルファの全身が炎に包まれていた。
役不足と苛立たしげに吐き出されようと、アルファの渾身の一撃とて、目にもとまらぬ領域であった。
魔王のレベルに合わせよというのがそも無理筋である。
流れるように下段に構えなおしたところから、横薙ぎに疾走った一閃。
突き出された剛腕をばっくりと上下に分かち、斬撃とともに螺旋を描いた3つの焔が切断面から迸るようにアルファの全身を蹂躙していった。
これで決着とはならずも、さすがに膝の一つもつくかと思いきや、吸い込まれるように炎は消え失せ、逆再生するように右腕も修復される。
(外側は反射、内においては吸収還元……なるほど、なるほど)
メラミに込めた魔力が単に減衰するでなく、奪われてベホイムに転換されていくのを肌で感じた。
なかなかどうして、よく考えられている。
「けして死なない身体だ。そう容易くはない」
どういうからくりか、分厚いガラス越しでも、アルファの声ははっきりと響いた。
じにーの不意をついた背中の触腕も動員し、絶え間ない連撃を繰り出す。
フォースが解けた今であれば、この外皮は斬撃にも耐えうる。
槍の如く突き出された2本の触腕、イシュマリクは鎧を掠める程度のギリギリで躱し、引き戻される前に切断せんと渾身に振り下ろしたが、僅かに食い込んだところで筋繊維に掴み取られ、中程までも刃は進まない。
刃を噛んだまま、触腕を鞭のように跳ね上げ、つられて空いたイシュマリクの胴めがけ寸勁を叩き込む。
タイミングに一連の流れ、どれをとってもこの上なかった。
しかし、堅い手応えと金属の衝突音から、アルファは仕損じたと悟る。
先程、空中にてじにーをくるんで、いや、掴んで救った外套の種明かし。
ラインの力にてソードファントムに変じた外套が左右の端それぞれに剣を握り、交差点でアルファの拳を押し留めたのだ。
敵の首魁と遭遇した場合、手出しは無用とシュナは言い含められていたが、おこがましくも助太刀しようとしたところで、割って入る隙など一分とてありはしない。
それは敵にしても同じようで、アルファの背後に控えるサージタウスの群れもまた瞳を輝かせたままに静止している。
イシュマリクとアルファの戦いが如何なる終局を迎えるのかもさることながら、その後に待つこの軍勢の始末をどうするかを考えると、冷や汗は止め処なくユクとじにーの背筋を濡らす。
「今しばらく貴様の手札を暴きたかったところだが、そうは時間もあるまいな」
レイダメテスの堕とし仔の侵攻はもはや大国クラスの侵略行為に匹敵する規模である。
如何にルシナ村が辺境の地であれ、ヴェリナード軍も察知するだろう。
彼らにこの姿を見られ、政治的問題を大魔王のもとに持ち込む羽目は避けたい。
「…!ユクさん、下がって!!」
目配せをするまでもなく、シュナが対応してくれるのは助かる。
これより放つは奥の手が一つ、うっかりすれば味方も巻き込みかねない。
イシュマリクは鍔迫り合いをソードファントムに任せ、掲げた左手にバギクロスの魔力を球と成していくのであった。
続く