「ふぁ~~~~ぁ……さすがに……ねむ……」
あんぐりとアクビが転がり出るのも無理はない。
時刻はまだ明け六つ、出かける準備からすれば寅の刻より起きている。
そんなに早くからどうしたのかといえば、ピッピンコの稼いだアルバイト代の集大成、ジュレット住宅村の小粋なスナックの開店にあたり、旬の食材を下見にやってきたのだ。
「どうだい?レンドアで釣れたこのマグロ!」
「今日はヴェリからいいキンキが入ってるよ!」
「牡蠣といえばアグラニ、どれも大粒で外れ無しだよ~!」
しかしまだ暗い中だというのに市場に満ちる熱気にあてられて、2、3店巡る頃にはすっかりお目々もバチコンと開いていた。
この市場は商人料理人のみならず、観光客など一般の客も広く受け入れ、少量から販売してくれるのがありがたいポイントでもある。
「……はまぐりは幾ついっとくね?」
見て回るだけでなく、方々で飛び交う商いのやりとりに、ピッピンコはピンと聞き耳を立てる。
「ん~、リーネとあげはと…いなりんとこ3人と…でも他にも色々買うから…ん~、15個!」
「このサイズ選ぶってことは浜焼きかい?3個まけとくから、酒蒸しもやってみな。うんめぇから!」
「ありがと!」
こういう場では、店主オススメの調理法のリサーチも欠かせないのだ。
「ほうほう、酒蒸しなぁ。ええこと聞いたわ」
お友達と浜焼き楽しんでな~と、良いアイデアを引き出してくれたウェディの背を微笑ましく見守るピッピンコ。
「ん?……おやぁ?」
不意にその鼻を、甘香ばしい香りがくすぐった。
そういえば起きてから未だ何も胃袋に入れていない。何処や何処やと、香りを頼りにその出処を探ってさまよえば、市場の東の端に行列を見つけ、気が付けば誘われるままに最後尾にピタリと張り付いていた。
杉板の看板に筆で荒々しく描かれた『タイガ』の屋号。
後で聞いたが、この店名はドワーフである女店主の名前からとったらしい。
「Hola!いらっしゃい!注文はおきまり?」
明るい挨拶とともに、サイドテールがふわりと弾む。前に結構並んでいた気がするが、十分と経たずピッピンコの番は来た。
立食いスタイルとラーメンという料理のマッチング、そしてメニューのシンプルさが流石の回転の早さを実現しているのだろう。
スープは一択、味噌だの塩だの豚骨だの、洒落臭いものは何もない。
トッピングの選択肢も味玉、肉増し、メンマと、質実剛健に固める。
そして、もやしの増量は無料で受けられるのがなんともありがたい。
「ラーメン!もやし増しで!!」
「Vale!少々お待ちを!」
独特な言葉は確か、ウェナ北東の方言であったか。
少々とは過剰な表現で、小気味良い店主の言葉を耳で反芻するうち、あっという間にドンと湯気放つ器が給された。
「はいどうぞ召し上がれ!」
甘めの醤油、アクセントに背脂少々、麺は中細ストレート。
もやしを巻き込みズズッとすすり、シャキシャキの食感をしばし楽しんだら、器の中の天地を返し、残りのもやしはスープに溺れさせる。
メンマや噛み応えあるみっしり系のチャーシューと小麦のシナジーを存分に堪能したのち、ひたひたに甘いスープに染まったもやしを名残り惜しくもほおばる。箸を休める暇も惜しんで、一気に完食まで至ってしまった。
そりゃあ順番も驚くべき早さで巡ってくるわけである。
「ごちそーさん!おおきにナぁ」
「Gracias、今日もよいいちにちを!」
そう、腹も心も満足感ではち切れんばかりであるが、まだようやく陽も昇り始めたばかりなのだ。
重たい胃袋とは裏腹に、軽やかな足取りで再び市場の散策に漕ぎ出すピッピンコなのであった。
~完~