「猛火!獅子王拳!!」
反応しようとも、ヒッサァの槍がまだ慣性に引き摺られている僅かな隙。
地にヒビ入れるほどの踏み込みから突き出した正拳、放たれた闘気は灼熱の炎に転じ、獅子のあぎとを成してヒッサァを食い破らんとする。
悠長に槍の回転を停めて構え直す間もあれば、たちまち紅蓮に溺れる。
ならばとヒッサァは回転の軸を大胆に傾け、槍の柄を棍の如く、二連に薙ぎ払い空を断つ。
もとが闘気とはいえ炎は炎、真空を生み出すほどの薙ぎ技により勢いが陰る。
その刹那にヒッサァは横手で槍の回転を更に高め、その勢いのままに獅子の眉間を上段から唐竹に叩き斬った。
まだ霧散しきらぬ闘気の炎を自ら突き破って、マユラは躍り出る。
ばくれつけんからの猛火獅子王拳、フェイント効果もタイミングもこの上なかった。
けして自惚れではなく、凌いでみせる猛者はアストルティア全土見渡してもそうは居るまい。
さあ、次は何をぶつけてやろうか。
その顔には、楽しくて仕方がないと笑みが浮かぶ。
対するヒッサァもまた悠然と槍を構え直し、ご馳走を前にした少年のような笑みを浮かべ、今や遅しとマユラを待ち構える。
「鎧武者が……消えていく……」
その理由が皆目見当つかず、いなりはただポツリと呟いた。
眼下の戦場、ヒッサァとマユラを取り囲む鎧武者の数は、確かに目に見えて減り始めている。
マユラの拳の余波を受けたわけでもなく、いつもの刻限をまわった訳でもない。
まして、ヒッサァとマユラの決闘も一進一退、決着がつきそうな気配など毛頭ないにも関わらず、である。
「そも、この場に互いの頭領がいないのが、全ての答えだと思わんか?」
かげろうの視線につられて、いなりは紅枝垂れ桜に目を向ける。
「あ……」
1本の巨木と見えていた桜はその実、2本の桜が肩を寄せた姿なのだと気付く。
カミハルムイ城に遺る文献によれば、黒鬼と白鬼は互いに配下に何も告げずこの地でただ二人きり、一騎討ちの果てに相討ちとなった。
引き剥がそうとも離れぬ2人の亡き骸は、仕方なくそのままこの丘に埋葬されたという。
これは、直接確かめる術などなく、ただの邪推に過ぎないが。
両家の間の因縁など遠い昔、顔はおろか名前すらおぼろげな祖先の持ち合わせたもの。
遺憾ながらしがらみを完全に断ち切ることは出来ずとも、黒鬼と白鬼の間には、憎しみだけではない、確かな絆があったに違いない。
そして、なまじ2人きりで勝手にすっぱり決着をつけてしまったのが、よくなかったのかもしれない。
鎧武者、かつての黒鬼と白鬼の配下たちは、その決着が互いに悔いのないものだったのかどうか思い悩み、こうして命日になるたび彷徨い出ていたのだろう。
故に、自らを誇り相手を称え合うヒッサァとマユラの姿に、彼らは癒されたのだ。
まったく、愚かな話だ。
そんなことは、この桜を見ればとっくにつまびらかであったというのに。
「……それはそれは、幸せだったのだろうさ」
刀を交えた果てに、よしんば討たれても良いと思えるような相手など、生涯に何度巡り会えるものか。
再び強く吹いた風、舞う桜吹雪に隠れるようにこっそりと、熱を帯びた視線をいなりに送る。
「さていなり。どちらが勝つとみる?」
「いやこれ…絶対決着つかないんじゃないです?」
「それでは賭けにならんではないか」
「ほら!かげろうさまだって引き分けに賭けるつもりじゃないですか!!」
かっかと笑うとかげろうはのんびりと杯を傾け、いなりもまたこれだけ桜が綺麗なのだから仕方あるまいと、空になった杯に瓢箪からおかわりを酌んでやる。
既に鎧武者たちがすっかり消え果てていることにヒッサァとマユラが気付くのは、まだ数刻、桜の舞い散った後の話である。
~完~