「……ジルガモットが見たら嘆くだろうな」
ファラザード城の貴賓室。
嬉々として瓶を振り、赤い粉末を器に注ぎ掛ける幼馴染の様子に、ユシュカは思わず呻くように呟いた。
「ん?何か言ったかいユシュカ」
アスバルはことこういう場面において腹芸を挟むタイプではない。
「いや、なんでもない」
つい小言が漏れてしまったが、アレンジに夢中で届いていなかったのは幸いだ。
食の好みは魔族それぞれ、他人が口を挟むことではない。
ガラムマサラ、クミン、コリアンダーにターメリック、カルダモン、クローブ、シナモン……
ファラザードがかつての海運都市ザードであるが故に集めることが適った種々のスパイスに、ゼクレス魔導国で狩られた猪肉を加え、バザールを仕切る女傑ジルガモットのレシピでまとめ上げた香り高いカレー。
そこに合わせるは、バルディスタ由来の小麦で生地を作り焼き上げた甘香ばしいナン。
これぞ、かの大魔王も外遊でファラザードを訪れた際には必ず所望するという、ユシュカのおもてなしの切り札である。
ちなみに、イルーシャやアンルシアは花蜜やナッツ類をトッピングせねばならぬほどに、そのままでもまあ辛い。
だというのにアスバルは、アストルティアにて買い求めた『辛味のモト』なる唐辛子由来の香辛料をほぼ一瓶、あ、いや今まさに一瓶まるまるかけきった。
血潮の浜辺の如く赤く染まったカレーに千切ったナンの一欠片を浸し、嬉しそうに頬張る。
辛味は味覚ではなく痛覚だという。
まさしく、見ているだけのこっちの口の中が痛くなってきそうな光景である。
「……やっぱり、お前が食えないほどの辛さのカレーがアストルティアで給されていたという話、とても信じられん」
「念の為に言っておくけれど、ちゃんとヨーグルトとおろしリンゴをトッピングして食べ切ったからね」
自ら注文した料理を無為にするなど、魔王の沽券に関わる。
ユシュカが気にもしていない注釈を挿し込んでから、アスバルは話を続ける。
その店は魔界の中でも溶岩渦巻き奇々怪々な地の奥底深く……などではなく、風光明媚なジュレットに構えているという。
「なんでも、常連客のもっと辛く、もっと辛くという要望で生まれたそうだよ」
「つまりは、それを平らげる冒険者がいるって事だよな?ますます何かの間違いだろ……」
ユシュカもまた、たわいない与田話を咲かせながらカレーを味わう。
「是非ともお近づきになりたいものだよ。しかし、正直僕も疑っているところはある」
「ん?」
「ウェディの冒険者だというが彼女の正体は、辛味を司るというカプサイ神の世を忍ぶ仮の姿なんじゃないか、ってね」
ユシュカは器に残る僅かなカレーまでナンでこそぎ取り口に放り込むと、呆れ気味に切り返す。
「市井のカレー屋に注文つける神様がいてたまるかよ」
「ははっ、しかし僕らの知る神々も、随分と俗っぽい輩ばかりじゃないか」
「それは否定できんな」
さても腹も膨らんだ、2人の魔王は最近の魔界全土の情勢から、輸出入の調整など、ようやく統治者然としたやりとりを始めるのであった。
続く