「痛たた……まったく、花火で上手く誤魔化せたかと思ったんだけど」
「ふふ、皆、視線をこっちに戻すのが早いったら」
最後の最後。
本来であればゆるりとマルチナを氷に降ろし、手を繋いで優雅に一礼で締めるところ、とうに限界を超えていた2人は仲良く尻もちをついていた。
一度切れてしまった緊張の糸を結び直すは難しく、今しばらくはどうにも立ち上がれそうにない。
しかし、この場の一体誰がそれを責めようか。
未だ鳴り響く花火の音にも負けぬ大滝のような拍手に包まれ、2人はもたげた拳を軽く打ち合わせて互いの健闘を称える。
その顔に浮かぶ、どこかバツが悪そうでありながらも満面の笑みにこそ、人々は絶望を打ち破る勇気を貰うのだ。
『今一度、2人に大きな拍手と称賛を!!!』
ヴェリナード城のバルコニーより、オーディス王子の声が轟く。
言われなくともと再び拍手喝采は喰い気味に勢いを増し、いつまでもいつまでも続いたのであった。
同じ頃、デスディオ暗黒荒原の奥深く、大魔王ユルールの居城の一室にて、太陰の一族が幹部、大暴れ狛犬のライセンはそっとレコードの針を上げた。
目の当たりにせずとも、あの乙女ならば見事に踊りきったであろうことは、疑う余地がない。
それでも無意識に漏れた長い吐息には、安堵、後悔、葛藤……容易くは説明出来ない様々な思いが複雑に混じり合っている。
そう、マルチナとレミアの氷上のダンス、そのセットリストと振付を担ったのは、他ならぬライセンである。
無論、太陰の一族はヴェリナード軍と冒険者連合との衝突により殲滅され、猫島に僅かな残党が逃げ延びたというカバーストーリーのもと身を潜める身分、まして、元凶自らが慰問に関わるなど、道理にかなわない。
当然、最初は断りを入れた。
『これもまた、奴らの言葉を借りりゃあ、まごころを伝えるってやつなんじゃあねぇのか?』
それでも結果、引き受けることとしたのは、ダンスのパートナーを探す傍ら、何度も何度も説得の為に猫島の奥地まで足を運んだマルチナの諦めの悪さと、同胞のゴオウのその言葉に背中を押された故だ。
されど如何にもはや虚勢に等しいものであれ、けじめはつけねばならない。
名前を出さぬのも、肝心の本番の舞台に顔を出さぬのも、ライセンが提示した最低限の条件だった。
「良い曲だった!!」
曲が終わりややあって、ようやくゴオウはからからと笑う。
共に音楽に耳を傾ける間、時折いびきをかき、鼻提灯を拵えておきながら、しゃあしゃあとよく言ったものだ。
これほど無神経になれたなら、どれほど気楽なことだろうか。
「……いつか、嬢ちゃんのダンスを直に拝める日が来ると良いなァ」
「そうだな……」
あれほど憎しみを募らせたアストルティアの民に今や深謝の念を抱き、いつか肩を並べる日が訪れんことを心から願っているなど、まったく、『明日のことをいえば竜が笑う』とは、よく言ったものだ。
かつての領土の再征服は始まったばかり。
この先、どう転ぶことか分からない。
しかしその果てがどうあれ、アストルティアの大地もまた、太陰の一族に、そしてライセンにとって故郷と呼ぶべき場所となったことに変わりはない。
「まったく……我ながら随分と、我儘になったものだ……」
最高の戦場、この上ない好敵手、もはやこの先、二度と望めぬであろう死に場所を逃し、さらには死ねぬ理由がまた一つ積み重なってしまった。
それもこれも、アストルティアの大地、そして冒険者と関わり毒された結果と思えば、一人の魔族として恥じるどころか、誇らしく……いや、彼らの言葉を借りれば、ワクワクしてしまうのだから、まったく始末に負えない。
堪えきれぬ笑みを髭に隠し、レコードを棚に収めるライセンなのであった。
~完~