抜け駆けしたじにーを除き、今宵、集まった皆は一様に腹ペコである。
糾弾もそこそこに、宴の幕は切って落とされた。
網の面積は限られている、まず何から焼こうかとなれば論ずるまでもなく、古民家に納まりきらずこの庭先まで酒蒸しの残り香を漂わせる蛤の他に無い。
「神様仏様オスシ様ァ!ありがとうございますぅぅぅ!!」
危うく焼き蛤は没収かと思われたが、じにーは地面に額を擦り付けんばかりに平伏し、取り皿に拳にも似た大粒を戴いた。
罪人にも分け隔てなく蛤を給したオスシを責める者などいない。
酒蒸しを一人で堪能するは大罪であるが、じにーが今日一番の功労者であることは、皆も理解し感謝しているのだ。
蛤はさながら小籠包の如く、網上で炙ると身から溢れるその煮汁が一番の主役である。
それを逃さぬ為の一工夫。
蝶番の左右、黒く柔らかい部分を斬り落としておくことで貝殻が爆ぜるのを防ぐことができる。
蓋が開かぬため、熱が通ったかの確認がひと手間ではあれど、それで極上のスープを溢さず済むなら易い話だ。
「熱つ……」
火傷に気を付けつつ、あげはがそっと上の貝殻を外せば、表面張力ギリギリまで旨味の詰まったスープを湛え、そこに揺蕩う薄肌色のぷっくりとした身が顔を出す。
「ふわぁ、美味し……これホント、調味料無しで大正解ね」
杯を煽るように汁ごと放り込めば、何とも濃厚な磯の風味が口いっぱいに広がって、するりと胃袋へ消えたあとも豊かな香りが臓腑に染み渡る。
一品目にして満足感は天井に触れつつあれど、続いて大アサリが網に並べられていく。
「へぇ、これでホントに半分なの?」
じにーの手により、文字通りの『半割り』と呼ばれる処理を施された大アサリであるが、上の貝殻を外しただけ、と言われれば信じてしまうほど、その身は綺麗に左右均一だ。
いなりが驚いたように、真っ二つにされているようにはとても見えない。
「うっわ、そんなことしちゃうんですか!?」
大アサリには、同量の昆布出汁と醤油を混ぜ合わせたタレを1、2滴かけ、加えてヤマを慄かせた小さいバターの一欠片。
更にはトドメとばかりに刻んだ小葱をふりかける。
「大アサリは沢山あるからね!じゃんじゃんいっちゃって!!」
大アサリの身はやや硬いと感じるがそれは蛤の後だからであって、そのしっかりとした歯応えは満腹中枢を慰めるに丁度よい。
砂抜きの難度や半割りの手間から、大アサリは今ひとつメジャーな貝とはなれずにいるが、海鮮バーベキューには欠かさぬ地域もあるというのは納得の味わいである。
大アサリが減り始めたところで登場したサザエもまたコリコリと系統の違う歯応えで、殻の中で軽く煮しめられ醤油の風味を磯の味の上にふわりとまとい、網で焼くというワイルドな調理法に反して上品な仕上がりとなっている。
本来、これだけでもメインをはれる品に対してやや無粋ではあるが、大アサリの合間の箸休めによし、酒や昨年から漬け込んだ梅ドリンクのつまみにも相性抜群であった。
続く