「かあァ……ッ!!!」
先祖代々オルセコ部族に伝わり、今は旅烏の彼に託された不死鳥の槍を地に突き立て、隆々と太ましい腕を組み風船の如く肺を膨らませてからの渾身の一喝が迸り、近くを下る滝の流れすらも震わせる。
より至近にいた5体のリカントマムルはすっかり腰を抜かし、ガタガタと震えながら地を這って逃げ出していった。
「…何故、とどめを刺さなかった?」
しかし腕試しとして課したは、あくまでリカントマムルの討伐である。
傍に控え、戦いの推移を見守っていた老齢の武闘家は、冒険者に言いつけを違えた理由を静かに尋ねた。
「勝負は決したからだ。『身長は3メートルを超え、丸太よりも太い腕で簡単に巨木をなぎ倒す怪力無双。どんな魔物でも、一目見ただけで己の不運を嘆いて逃げ出す』……そう、闘わずして、だ。超天道士とは、そのような存在と伝え聞いた。俺がここを訪ねたのは、それ故だ」
「……素晴らしい」
まぶたを閉じ、冒険者の答えに耳を傾けていた超天道士は、満足げな笑みを浮かべ頷いた。
「門を叩くは荒波のように心逆立つ者ばかり。真の武闘家の心とは、悠然とそびえる山のように落ち着いているものだ。ちょうど、そなたのようにな。相手を倒すことのみに満足し、努力を怠ってはならん。そなたはそれを良く理解している。どうだ、超天道士の名、そなたが継ぐ気はないか?」
超天道士は教えは説けども弟子をとらない。
これもまた有名な話であるなか破格な申し出であるが、冒険者はわずかに目を伏せる。
「大変、光栄なことなのだが……」
深々と頭を下げ、冒険者は礼を失せぬよう言葉を気をつけながら続けた。
「旅の守りにと、部族の至宝たる槍を託してくれた長がいる。暇あれば集落をあける俺の留守を、ガッシリと護ってくれる友がいる」
誇らしげに仲間たちのことを語り、最後に、少し気恥ずかしげに、此度の修行に出た理由を添えた。
「……そしてもうすぐ、子も産まれる」
それ故に、護る力を求めたのである。
「俺の帰る場所は、決まっているのだ。長らくあけることはできぬ」
「そうか……残念だ。そなたのような強者ならば、弟子としても良いと思ったが……」
残念と口にしながらも、超天道士には、きっと男が首を縦には振るまいと、何となく分かっていた。
「さて。然らばどうしたものか……ふむ……その槍、いずれはそなたの子が継ぐのであろ?」
「む。そうなれば良いとは思うが……」
そればっかりは運命による導きと、子々孫々が己で決めることである。
しかし少なくとも、槍の鍛錬は積むことになるであろう。
「では、1週間お試しコースで良いな?」
「…お、おお」
急に飛び出した、似つかわしくないフランクなコース設定に戸惑うも、冒険者は槍をもって如何にして大事なものを守るかを学ぶ。
槍という武器の特徴と本質を柔軟に操るその業がやがて完成をみることになるのは、彼の孫の代になってであった。
「……ほんと、欲がないというか、牙がないというか」
「しってゆ!!そ~ゆ~の、きよービンボーってゆうんだよ!」
「うっ…!」
件の孫、オルセコ部族の当代『不死鳥の槍伝承者』(仮)たるヒッサァは、幼子からの容赦ない一撃をガード失敗し、見事心を一突きにされていた。
ちょうど一試合終えたところのマユラは、応援に駆け付けた子どもたちの頭を撫でながら、ヒッサァを睨めつける。
超天道士ヤーンの主催する武道大会。
賞金もさることながら、トーナメント優勝者はヤーンと手合わせまで出来るという副賞を目当てに、名だたる武闘家が集っている。
その中にヒッサァを見つけたマユラは、当然、引き分けに終わったいつかの決着を今日この場でと意気込んだのだが、肝心のヒッサァはなんと運営のお手伝いで来ており、選手としてエントリーしていないという有様だったのだ。
我が子による誹謗中傷をたしなめる気が起こらぬのも、無理はない。
「……いやぁ、面目無い」
ヒッサァとしても、好敵手たるマユラと決着をつけたい気持ちに嘘偽りはないが、今日のような、賞金や副賞のかかった闘いに今一つ食指が動かないものは仕方が無い。
言葉の用途用法に若干の誤りを感じるも、器用貧乏のそしりを甘んじて受ける他無いのだ。
だがそれもまた、大好きな祖父の影響であると思えば、誇らしくすらあるのだから、我ながら単純なものである。
子へ、そして孫へと、いと末永く健やかなれ。
切なる想いとともに、謹厳実直な風は、一つ齢を重ねた今日もまた、ヒッサァの心を優しく吹き抜けていくのであった。
~完~