「……なるほど、興味深いわね」
ミヤコと名乗ったこの世界での博士は、ひとしきり私の話を書き留めるとパタンとメモ帳を閉じた。
会話を通して間違いなく友の片鱗が垣間見えるのだが、プクリポではなく人間の姿、なまじ背丈がこちらと同じくらいなものだから、どうしても違和感は拭いきれない。
そも、並行世界のユートピアを潰して回る旅の狭間で辿り着いたこの世界にはモンスターが存在せず、それどころか街ゆくは人間種族ばかりだ。
かといって、何らかの理由で5つの種族が滅んでしまったのかといえば、そうではない。
部屋の壁を埋め尽くすように並んだ漫画と呼ばれる書物の中に、ようやくオーガやエルフ、ドワーフらの記載を見つけた。
しかしそれら全てが作り話、この世界に5つの種族は、そもそも存在していないらしい。
どうりでこの世界に降り立った際、コスプレがどうとか、意味の分からない言葉とともに好奇の視線に取り囲まれたわけである。
ピラミッドを逆さにしたような不可思議な建造物のたもと、偶然にもこの世界の博士に行き会えたのは実に僥倖だった。
このオーガの姿が友人の仮装だと勘違いした彼女に手を引かれ、強引にその場から連れ出してもらわなければ、今頃どうなっていたことか。
しかしながら、それからがなかなかに難儀した。
肝心の『この世界の私』はといえば、ハンマーではなくペンを握り、ミヤコと共に原稿用紙という真っ白な戦場で辣腕を振るい、迫りくる締切と戦っていた……らしい。
エナドリを買いに行くとの言葉を残して一向に帰ってこないものだから、探しに出た先でミヤコは私を見つけたという訳だ。
当初、ミヤコは私が敵前逃亡を図り、あまつさえコスプレに興じていたと勘違いをしていた。
エナドリ……戦いに必要だということは、恐らくこの世界のドルセリンのようなものなのだろう。
何にせよこの『私』が、敵に恐れをなして逃げ出すはずがない。
きっと何か困難に巻き込まれて、帰還が遅れているだけだ。
かくかくしかじか、噛み合わない会話に、ウィッグでも染色でもない髪の色、そしてどう頑張っても取れない頭と肩の角や尻尾に触れ、ようやく本人であってしかし並行世界から来た別人であると信じてもらえたところで詳しく事情を伝え、今に至る。
「ええと……そもそもの始まりが過去に行こうとしたからで、うまくいかなくて世界を跨いでしまい、目的を果たしたらまた……タイムマシンの設計ミスだけでそんな事になる?エネルギーはどこから……もしかしてこれは歴史の修正作用なんじゃ?」
ミヤコはしがないシナリオ担当であり、科学者ではない。
しかし持ち前の知識と想像力を働かせ、やがてある仮説に辿り着く。
「そもそもココソーさんの世界が滅びてしまったのが想定外……数多の世界が、ええと……ココソーさんによるユートピアの排除を観測すれば……その結果が寄り集まって、いつかそもそもの事象が裏返る……かも?そうすればココソーさんは元の世界に……いやでもこの旅そのものが無かったことになる……?うう~ん、どうしたらハッピーエンドになるの!?」
ネームに詰まった時は、理想の結論が出るまで相棒と膝突き合わせるのが常なのだが、生憎とこの場には不在である。
ココソーを置き去りに考察を続けるのも悪いと思い、ミヤコは早々に話題を切り替えた。
「しっかし、王道ファンタジーな世界観にコンピュータウイルスかぁ。そりゃあ苦戦する訳よね」
「…………こんぴゅーた……ういるす……?」
「そ。パソコン、あ、こういう機械から機械へね、病気みたいに感染するプログラムだから、コンピュータウイルス。言い得て妙でしょ?」
たまたま先日、出版社との連絡用の端末にコンピュータウイルスが紛れ込み、ウイルス対策ソフトに隔離されているのを思い出し、ミヤコはノートパソコンの画面をココソーに見せた。
如何にドット絵でおもしろ可愛く再現されたおぼろげなものであろうと、画面に映る鈍色の悪魔の姿に、ココソーは総毛立つ。
「…!!それはまさしくユートピアではないか!!!こんな近くにいようとは!」
珍妙な世界であれ、やはり脅威は迫っていた。
であれば、もとよりやるべきことは1つである。
続く