「……ということがあったわけで」
「ええと……あの……その……嘘ついてパチンコ行っててすみませんでした」
この世界のアカックブレイブ、漫画家赤井ユウコは、畳に残る盛大な焦げ跡の理由を聞き終えるなり、三指揃えてミヤコに土下座した。
いや、本当にエナジードリンクを買ってすぐ帰るつもりだったのだが、コンビニ横の細い路地、テーブルを設けている占い師の存在に気付いてしまったのが運の尽きであった。
『皇帝』の正位置を引いたのだ、これを天啓と言わずして何だというのか。
何故だが自身の占いの結果に反して引き止めるポニーテールの占い師を振り払い、勝負を挑んだ結果は……まあ、言うだけ野暮というものである。
しかし財布のダメージもさることながら、自分の愚かな振る舞いが、まさかここまで相棒の精神を追い詰めていようとは、夢にも思っていなかった。
「…はぁ?それは許すまじ…って、そうじゃなくて!信じてないでしょ?」
「いや、信じてるよ?」
「至って正気だわ!可哀想なもの見る目すんなし!ああ、ココソーさんじゃなくて、あんたが何処かにすっ飛んでけば良かったのになぁ」
「……それはちょっと酷くなぁい?」
不満気に座り込み頬杖をつくミヤコからひょいとネタ帳を摘み取り、外出前には無かった記述に目を通すにつれ、ユウコの顔つきが変わる。
勝手知ったる仲だ、文面を見れば、それがミヤコ自身で考えたものか、はたまた誰かからの伝聞をまとめたものなのか、それくらいの判断はつく。
「ココソー……もう一人の私、か。会ってみたかったな…」
その声音にはもう、からかいの色はなかった。
「……それにしても、悔しいなぁ」
「ん?」
そっとミヤコの隣に座ると、その瞳に滲む涙の理由をユウコは静かに待つ。
「他の世界の私は、誰も彼も立派な科学者で、ココソーさんの役に立つ色んな装備を託したっていうのに……」
強力な武器、強固な防具、どんな傷もたちどころに癒す霊薬……物語のネタとして考えることは出来ても、ミヤコはそれを実際に形にする術を持たない。
「私ってば、話を聞いただけで、彼女の為に、何にも出来なかった……」
「いいんじゃないか、それで」
「……え?」
「初めて2人で作った本を、覚えてる?」
忘れるはずがない。
セオリーの把握も技術も拙いままに、ただ情熱だけで突っ走ったあのコピー本を買ってくれたのは、ただの一人きりであった。
そう、誰か一人の手に、確かに届いたのだ。
「ただ描いただけじゃあ、存在しないも同じ。大事な時間を割いて目を通してくれる誰かがいてくれるから、そこで初めて物語は歩き始めるんだ」
故に、読者とはもう一人の作者であると言っても過言ではないというのが、ユウコの持論である。
「ココソーという偉大な戦士が、今もまた何処かの世界線で戦っていることを私たちは知った。彼女を応援するこの気持ちは、世界の壁だろうと軽々越えて、きっと届く」
そう、それは赤井ユウコとミヤコの描く主人公に寄せられる、読者からの応援の声のごとく。
「そっか……うん。きっとそうだよね!」
必ずや、ココソーの力となるはずなのだから。
照れ隠しから鼻の下を人差し指で擦り、しばし2人の間にしみじみとした空気が流れたところ、不意に卓上の電話機が鳴り響く。
「「うわぁ!?真島さんからだ!!」」
そのディスプレイに表示された担当編集者の電話番号に、揃って悲鳴が迸った。
十中八九、原稿の催促と見て間違いないだろう。
「締切まであと何時間!?」
「5時間切ってる!」
「なるはやで描いても12時間かかる!なんとか言い訳考えて!!」
腰まで伸びる長髪を棚引かせ、背もたれの立派なゲーミングチェアに飛び乗ると、ドルセリンの代わりに毒々しい絵柄のドリンクを飲み干して、光輪の代わりにヘアバンドで前髪を掻き上げる。
彼女らが青髪のヒーローを主人公とした物語を紡ぐのは、まだ少し、先のお話である。
~完~