「……ふぅっ」
プリズムに戻したドルボードを懐にしまうと、市街へ続く石段を登りながらケープにまとわりついた砂をバシバシと乱雑に払う。
「モノノさん、久々!」
商店街を抜け更に階段を登り、やがて見えてきた素材屋に立つ懐かしい姿に向け、にこやかに手を振った。
「まあ!エスコーダ商会から腕利きを向かわせるとは聞いてたけれど、やっぱりイズミさんだったのね。話が早くて助かるわ~」
イズミもまたそうであるようにエスコーダ商会にはウェディが多く、しかるに最も知れ渡るは海運なれど、無論手堅く陸運も網羅する。
再びかつてのように赤い宝石やときのすいしょうなど、モノノが商いの幅をひろげたいとのことで、その仕入れルート開拓の相談がエスコーダ商会に舞い込んだという訳だ。
「……イナミノ街道で入手して、サーマリ高原経てのガタラかな。赤い宝石は現実的だよ。実はちょうどここまで試してきたんだ。けど、ときのすいしょうは……う~ん、難しいね。立ち入って聞いちゃうけど、売り値どれくらいにするつもり?」
踏み込むべき所を見極める絶妙なバランス感が、イズミを敏腕営業と言わしめる所以である。
かくしてまた一つ、双方が満足のいく契約が結ばれることとなったのであった。
「目的地がガタラって時点で、決めてたのよね」
一仕事終えたらば、酒場で腹ごしらえだ。
郷に入っては郷に従え、各地の名物に舌鼓をうつのもまた、この仕事の醍醐味である。
注文の品を待つ間、夕方の仕込みに取り掛かる様子をじっと眺めることにした。
一欠片のにんにくとパクチーの根は包丁の腹でつぶし、水に投入。
ナンプラーで味をつけ、様子を見ながら薄口の醤油と砂糖に塩で茹で汁の味を調える。
米を炊く際にもこの茹で汁を加えるので、まさしくこれがこの店の味の決め手なのである。
そうこうしているうち、それすら美味しそうに見える艶やかな湯気を棚引かせて、イズミの注文したカオマンガイが運ばれてきた。
「ほぉー、やっぱ百聞は一見にしかずだねぇ」
イズミが感嘆の声を上げたのは、その見慣れぬ米の形状である。
カオホンマリ、別名ジャスミンライス。
それは長粒種に類する通り、エルトナに見る米に比べ長細く、収穫から程ない新鮮なものである証として、奥底よりバニラのような甘い香りを漂わせる。
花に例えられるほどの初雪のような白さもまた、茹で汁を従順に受け入れて爽やかな色味に染まり見目麗しい。
どんと米の上に鎮座する鶏もも肉の一切れごと匙で掬えば、途中から余熱で火を通して仕上げた茹で鶏は食感柔らか、そしてカオホンマリは粘り少なくパラパラで、口の中いっぱいに余すこと無く鶏出汁の濃厚な味が広がる。
その味わいに角がなくまろやかな分、ともすればパンチが弱いと思われてしまうところ、添えられたホットチリソースがしっかり仕事をしてくれて何とも頼もしい。
他に、砕いたクルミやナッツを混ぜた醤油ベースの黒いソースも絶妙な甘辛さで、思わず不躾にもレシピを尋ねてしまったほどだ。
しかし案の定、レシピは門外不出とのことで、いつか再現してやろうと心に固く誓ったのであった。
続く