いやはや、油断した。
反省の余地はあれど、まあこの状況は不可抗力と言えるだろう。
誰しも、マッドファルコンがバシルーラを唱えるなどと、思いもよるまい。
「……ところでここは何処なのかしら」
兎にも角にも、帰還の手立てを探らねばならない。
かがり火などは見受けられないが、魔法の力か、歩くには困らぬ程度に仄明るい回廊をめ~たは1人歩む。
もとは当然整った煉瓦造りであったのだろうが、百年、千年……もしかするとそれ以上の時に晒された影響で壁も床もゴツゴツと荒ぶり、洞穴のような様相を呈している。
等間隔に並ぶ矢狭間から外を覗けば、モンスターと見紛う凶暴な牙を持つ深海魚と目が合った。
「海底離宮?……いえ、それにしては荒廃がひどい……」
加えて、あれはそもそも結界が破れ、崩落にのまれた筈である。
最悪な状況ではあるが、め~たの足取りは軽い。
差し迫った用事もないし、存外、こういうところでこそ、探し人が見つかるかもしれない。
いにしえの建造物、とすればゼクレス城あたりが参考になるだろう。
構造を思い起こして古城にあてはめ、め~たは中枢を目指す。
「またこの模様……」
かつてあった国のシンボルであろうか。
そこかしこに、鳥のような紋章が見受けられた。
アストルティアでは勿論、永きに渡り過ごした魔界でも見覚えはない紋章なのだが、眺めていると妙な高揚感と、相反するのであるが、何故だかほんの少し、背筋が寒くなるような畏怖の念が湧く。
「魔の者め!如何にしてこのラダトーム城に忍び込んだのだ!?これ以上は進ませぬぞ!」
鋭い声とともに、気配が降って湧く。
「………!!」
すらりと取り出したる鎌をくるりと廻し盾として、め~たは死角から飛来したメラゾーマの火球を受け止める。
火球が爆発四散する刹那、カッとあたりに強く拡がった光の中に、4本の腕を持ち、魔法使いにしては隆盛な筋肉を誇るシルエットを垣間見た。
一瞬のことであったとはいえ、どう見ても下半身が見受けられなかったことを訝しむ間もなく、つむじ風を纏った羽根持つ乙女が爪を振りかざし迫る。
しかしそこはめ~たの間合い、踊るように身を翻し、避けるついでに鎌で撫ぜた。
鮮血が飛び散るよりも先んじて、回復呪文の緑の燐光が敵を包む。
詳らかになった第2の襲撃者にもやはり下半身はなく、黒い渦としか形容できぬものから上半身のみが生え出でていた。
彼らの姿には見覚えがある。
アストルティアの民ともモンスターとも異なる存在、幻魔だ。
回復呪文の残滓は、先のメラゾーマと異なる方向に伸びているが、今は捨て置く。
敵はさらにもう1人いるのだ。
バサリと広がり視界を覆った羽根を隠れ蓑として、肉薄した剣士が横薙ぎに剣を振るう。
先の一撃で鎌を下段から振り上げた勢いのままに身体を反らすが、このままでは剣域からは逃れられない。
危機的状況にあって、しかしめ~たは薄く微笑む。
やはり無人ではなかった。
ドメディ、クシャラミ、カカロンにバルバルー。
彼ら幻魔がいるということは、ここは無人ではなく、彼らを召喚した天地雷鳴士がいるということに他ならない。
そして、幻魔が喚べるということは、また然り。
召喚の御業は、天地雷鳴士だけの専売特許ではないのだ。
め~たは呪力を束ねて作り上げた、蒼白き不可視の掌を伸ばす。
その腕は彼岸と此岸の境、生と死の境界線を越えたその先へと届き、馴染みあるしにがみのきしの首根っこを掴む。
「来てっ、スメシ!!」
め~たの声に惹かれ、いち早く顕現した太ましい甲冑の腕、そこに握られた巨大な斧が、間一髪でめ~たの喉元に迫る長剣を受け止めた。
続いて地の底からぞぶりと湧き上がるようにその朱鎧が顕わとなっていくにつれ鍔迫りあっていた斧と剣の均衡は傾き、体躯で勝るスメシがバルバルーを圧していく。
そしてバルバルーのみならず、かしましく爪を振るうクシャラミをもラウンドシールドで巧みにいなしている。
加えてじごくのよろいの死霊オスシを喚ぶまでもなく、2体はこのままスメシに任せてよさそうだ。
「やめなさい!!」
極端に重心の偏る鎌という武器をそれでも悠然と水平に構え、残る幻魔をどう調理してやろうかと一歩踏み出しため~たなのだが、思いがけず飛んできた罵声につんのめるのであった。
続く