最後まで、冷たくあしらうつもりだった。
たった一人、同族もなくアストルティアに取り残されるフタバのためにも、そうしなければならなかった。
『幸せに、なりなさい』
それでも、フタバと別れの際にふと口をついて飛び出してしまったのは、僕とアルファが聴かされた、マスタージェルミの最期の言葉だった。
そうだ。
僕は、知っている。
許されるはずはなかろうと、アルファの重ねてきた罪の始まりが、ただ愛しい母に会いたいという当たり前の願いだったことを。
僕は、知っている。
暗転の陽、夜行石、ユートピア…
アストルティア全土へ永きに渡り災厄を振りまいてしまった僕らレイダメテスの堕とし仔らが、元は、マスタージェルミの子として、アストルティアの民の支えになるべく望まれて産まれたことを。
僕は、知っている。
その命が尽きる瞬間まで、母なるジェルミが、ただ、子供たちの幸せを願っていたことを。
「げほっ、ゴホッ……」
今から五百年の昔、暗がりの中で不意に咳き込んだジェルミは、子どもたちに気付かれぬよう肺からこみ上げた血を拭った。
これはきっと、生命を弄んだ私に、神様が与えた罰なんだろう。
錬金術。
何かを他の何かに作り変える奇跡の術。
本物の代わりになるのなら、偽物は本物と等価値なのか。
偽物で事足りるなら、本物は必要がなくなるのか。
本物の代わりに、偽物は消費されて良いのか。
そんな訳はない。
そんな訳は、ないんだ。
誰しも誰かの代わりになんて、なれやしない。
そんな、当たり前の話を、私は見落とした。
私が消耗品として設計したせいで、あの子たちの自我はとても幼い。
だけど、少しずつ…たとえ牛歩の歩みであれど、あの子たちは、学び、成長していくことができる。
はびこるモンスター、レイダメテスの影響による劣悪な自然環境…
既に、皆をその中でも生きていける強い身体に作り変えることは成功した。
あとは、最後の仕上げを残すのみ。
「さぁ、アルファ。貴女もこのカプセルに入って」
「イエス、マスター。再起動後の我々のタスクを指示頂けますか?」
アルファが次に目覚めた時、私が居なくなっているなんて、想像もしていないだろう。
他の子どもたちも、きっとそう。
「………幸せに、なりなさい」
「…『しあわせ』…指示の内容を、理解できません」「それを、考えるところから始めるの。あなたたちの意思で」
アルファの表情が曇る。
私の期待に応えられないのではないかと、不安を感じているのだ。
「大丈夫。きっと、出来るはずよ」
私に瓜二つ、少しばかり幼いその頭をそっと撫でた。装置の睡眠誘導効果と、ジェルミの手の温もりにアルファの瞳がゆっくりと閉ざされる。
大地が自己回復できる程度の、ごく僅かな地脈エネルギーで生きていける身体。
ドワチャッカ、エルトナ、ウェナ………大陸を問わず地脈エネルギーを取り込める呼吸器官。
そして…アストルティアの民が何たるかを、学び取れるだけの永い時間。
私が、子どもたちに渡してあげられる最後の贈り物。
収集した種々多様な錬金素材が、光り輝く粒子へと分解されて、螺旋を描きながら錬金釜へと吸い込まれていく。
そして、その最後の一つは、他ならぬジェルミ自身だった。
ジェルミもまたアルファと同じようにベッドに横たわり、意識が薄れていく中、我が子たちがこの大地に受け入れられ、アストルティアの民として助け合って生きていく未来が訪れることを、ただただ静かに願う。他の素材と等しく光の粒子と化していくジェルミ、この時、錬金術の補助装置として錬金釜に組み込まれていたメモリーキューブは、彼女の自己犠牲を止めるべくもなかった。
ならばせめて、釜を伝い流れくるジェルミのささやかな願いを、メモリーキューブはただただしかと受け止めた。
だから………
「やるしか、ないだろ」
今の自分を形作る全て、レオナルドなる戦士の記憶と、ジェルミや、ハクギンが遺した想い、そして、ハクギンブレイブとして過ごした日々。
都合500年を超える時間もあれば、大切なものは抱えきれないほどに、嫌でも増える。
それが例えどれほど困難な道であろうと、マスタージェルミが守りたかったもの、そして、自分が守りたいものを、全て守ると決めた。
そして何よりも、こんな破滅的な結末が、彼女のささやかな夢の果てだなどと、断じて認めない。
続く