室内だというのに息が白むほどの朝早くから、コトコトと竈の足音が響く。
「~♪」
そのリズムと穏やかな鼻歌に合わせて、木べらが優しく鍋の中を踊っていた。
ミルクに砂糖を溶かし、米、バニラビーンズを入れ、生クリームを足したら、あとは焦がさないよう注意しながら煮る。
それだけのシンプルなレシピだが、この煮る行程が三十分近くとまあまあ果てしなく、調理は未だ道半ばといったところである。
耳を澄ませば、キッチンの奏でるリズムの向こう、いびきと寝息の狭間を揺蕩う家主の吐息が聴こえる。
クリスマスから大晦日、お正月にかけては各種イベントに関係各所への挨拶回りと、モデル稼業にとっては1年のうちで最も忙しい時期と言っても過言ではない。
それをようよう乗り越え迎えた誕生日の朝なのだ、せめて好きなだけ寝かせてやろうではないか。
鍋の様子を確認しつつ、ここぞというタイミングでバターをひとかけ、馴染んだらようやく火からおろし、手早く泡立てた生クリームと混ぜ合わせれば、ウェナ諸島のおふくろの味の出来上がりである。
このスイーツの良いところは、温かくても冷たくても美味しく頂けるところにある。
とはいえ、寝坊助に付き合ってお預けをくらう必要はなさそうだ。
「ん~~~、いい匂いがするぅ……」
バターを投入した途端に弾けた甘ったるい香りは、どんな目覚ましよりも効果的だ。
しかしながらあまりの疲労感から完全な目覚めには至らず、じにーはリーネの背中にしなだれかかり、再び寝息を上げ始める。
「ほらほら、身体冷やすよ?」
身体のラインが浮き出るほどの薄いシルクの寝巻きでは、冬の寒さに太刀打ちできない。
クラゲのように弛緩したじにーの身体を引き摺り座らせ、肩にブランケットをかけてやる。
気付けにもう一押し、刻んだレモンピールを上から散らせば、甘酸っぱい香りが鼻を弾き、ようやくじにーはまぶたを開く。
「おおっ!リオレじゃん!!」
眼に飛び込んだ好物の姿に、ブランケットも飛び上がる。
「ふふ。まあほら、疲れた胃袋にケーキは重たいからねぇ。いっそ、そこにロウソクでも立てる?」
労いの言葉を聞き終える前に、もはやじにーの意識は目の前の器に吸い込まれている。
一面の白の中、微かに散るバニラビーンズの黒い点は、まだ冬の最中に顔を覗かせた兎の足跡のよう。
遥かな空をゆくコハクチョウが見下ろした雪原のようなリオレの見た目もまた、じにーは大好きなのだ。
「いただきま~す!!!」
木匙ですくい、口へと運べば、優しい甘みがじわりと広がり、頬が溶ける。
「火傷に気を付けてね」
さながらキングスライムのように緩み尽くした親友の顔を、自分のぶんのリオレが人肌に冷めるまで見守るリーネなのであった。
~HappyBirthday~