2026-02-04 00:36:19.0 2026-02-04 00:39:06.0テーマ:その他
蒼天のソウラ二次創作『ぶらりご当地バイト飯 その7 グランゼドーラ劇場、歌姫お手製のヤンソンフレステルセ』
「ほりゃさ!うりゃさ!!」
昼下がりのグランゼドーラ城下町に、独特な掛け声が響く。
身の丈を上回るスノープッシャーを振るい、プクリポの女史は昨晩のうちに積もりに積もった雪をテキパキと片付けていく。
「ふぅ、まあこんなもんやろ」
ピッピンコは雪かき道具を立てかけると、きゅっと額の汗を拭った。
城下町の入り口、宿屋、そしてグランゼドーラ城と、要所からグランゼドーラ劇場までを結ぶ往来は、ほんの数時間前までの厚い雪化粧が夢か幻であったかのように亜麻色の肌を取り戻している。
記録的な大雪に見舞われ、開催を危ぶまれた今宵のオペラであったが、かくしてたまたま居合わせたピッピンコの活躍により場は整い、無事開幕を迎えるのであった。
「ほわ~、なんやお耳が極上のゴエモン風呂に浸かったみたいやわ~……」
竜の王に拐われた姫を助けるため一人の若者が立ち上がり、度重なる苦難を乗り越え、やがて姫と共に新天地へ旅立つ一大絵幕。
アルバイト代にはゴールドのほか、現物支給として、一等席ではないまでもそれなりの席からのオペラ観劇もセットになっており、美声に酔い痴れたトンガリ耳は未だにピクピクと震えている。
「楽しんでいただけたようで何より。さぁさ、舞台も料理も熱さが肝心。こちらもどうぞ召し上がれ」
観劇のあとは、どうしても直接感謝を伝えたいと演者一同に誘われて、僭越ながら打ち上げの末席に加わった。
壮大なドラマに魅せられてすっかり忘れていたが、朝食こそ甘々なパンペルデュをしっかり頂いたものの、昼食を忘れるほど雪かきに勤しみそのまま観劇に至っており、風船に針を刺したように胃袋が空であることを思い出す。
劇団の間借りする宿屋の食堂、カーテンコールのようにずらりと居並ぶチェーフィングディッシュの中身に目移りしながらも、やはり冬といえばホワイトソース、ピッピンコはこんがりとチーズの焼けた狐色が心をくすぐるグラタンに吸い寄せられる。
小皿に取り分け、断面から剣山の如く拍子木状に細かく切られたジャガイモが覗く一風変わったグラタンを一口運んだ途端、ピッピンコのつぶらな瞳がくわっと見開かれた。
「まろやかな中から主張する心地良い塩味!これはっ……アンチョビやな!?」
ジャガイモは程良くシャクシャクとした食感が残り、その隙間に玉ねぎとホワイトソースの甘みを存分にまとう。
そこへ刻まれたアンチョビの海の旨味が加わって、フォークの止まる余地がない。
「『ヤンソン・フレステルセ』のお味はいかが?自画自賛はひんしゅくをかうかもしれないけれど、今日は特に美味しく焼けたと思うの。ふふ、歌手の私が振る舞うに相応しい料理でしょう?」
ラストシーンにあった、共に旅立つ伴侶に向けた柔らかな笑みをそのままに、腕によりをかけましたと胸を張る主演女優のなんと愛らしいことか。
おかわりの手も遠慮なく伸びようというもの、かくして、胸もお腹も一杯に幸せを詰め込んだピッピンコなのであった。
~完~