「なんで黒なのかしらね」
「む……それは哲学的な話か?」
誰にともなく放られたティードの言葉に、セ~クスィ~はチョコレートを刻む手をとめた。
カカオ含有量はかなり高め、ナッティな香りがテルルの屋敷のキッチンに充満している。
「飛躍しすぎ……いやそんなこともないのか、うん。黒ってどうして危険信号みたいな扱いされるのかなって、ふとね」
「なんでだろ~?」
ゴムヘラでボウル内のケーキ生地の材料たちを優しく馴染ませながら、テルルも小首を傾げる。
身近に見かける所からいけば、黄色と黒のストライプは立ち入り禁止を意味する。
その所以は、古のオーグリード大陸において、諸国がキラーパンサーやとらおとこの脅威に晒されていたからとの説が有力であるが、如何せん、ここに集う3人の猛者は虎に何ら恐れを感じない為、ピンと来ないのも無理からぬ。
作業の腰を折られた形ではあったが、これで量は充分かとセ~クスィ~はまな板の上の刻んだチョコレートをテルルのボウルに加える。
生地に含まれる溶かしバターの熱に晒され馴染んだチョコレートによってまたたく間にケーキ生地は黒く染まっていった。
『全ての爆発は黒に通ず』
とはティードの夫マージンの戯言である。
しかしなるほど言われてみれば、爆弾の最もポピュラーな材料は黒色火薬、メガボンバーやギガボンバーの彩色、そして爆弾の究極と言われる禁断のコアも黒を冠する。
「ま、いいや。ごめんごめん、話ふっておいてなんだけど、やめやめ」
仕上がったケーキ生地をテルルから受け取り、長方形の型に流し込む。
「そうだな。目下、黒が危ない色だと言われてもな、愛する旦那の誕生日祝いに黒いケーキを作ろうという最中だ。甘い色にしか思えん」
「そ~そ~!ふふふ」
「ちょっ、やだ茶化さないでよ!」
3人を囃し立てるように、生地を飲み込んだオーブンからは甘い香りが漂うのであった。
ベルヴァインダー・キルシュトルテ、すなわちブラックフォレストケーキは、最近になってアストルティアへと伝わったスイーツである。
伏せられた真名、ベルヴァインが示す通り、それは魔界に由来する。
闇のように黒いビターチョコレートにルージュのような紅いサクランボを用い、ベルヴァインの黒い森をイメージしたケーキである。
「ん~、大人の香りね」
サクランボは実を使うばかりではない。
焼き上がったスポンジを平たくカットし、層とするそれぞれにサクランボを原料としたブランデーのキルシュワッサーを霧吹きでたっぷり染み込ませる。
クリームにもキルシュワッサーを混ぜ込み、ハーフカットのサクランボとともに生地と生地の間に挟んで、さらにはサイドを覆って天辺を無数のシェルに絞り、あとは1個なりでチョコレートに浸し軸を導火線に見立てたサクランボで彩れば、ブラックフォレストケーキの完成である。
「あ~、流行るのも納得だわ」
丸型ではなく長方形としたのは、せっかくレンダーヒルズやメギストリスの富裕層の間で話題のケーキなのだ、作ったからにはいち早く味見がしたいという下心故に他ならない。
「うんうん、だけど流石にちょっとキルシュが利きすぎかな?ハクトくんには早いかも」
「確かに。大人向けのケーキだな」
一切れ、もう一切れと。
苦味が強いチョコを使用したことに加え砂糖も控えめでサクランボの味が際立ち、一向にフォークが止まらない。
果たして、ブラックフォレストケーキがマージンの口に入ったかどうかは、膨れ上がった3人の胃袋だけが知っている。
~Happy Birthday~