目を瞑ったかいり。しかし一向に衝撃が来ない事に気付き、恐る恐る目を開いた。
「いや何よそれ」
呆れたような声。ブラオバウムの周辺では小さな花火のような爆発が何度も起きている。
「イオグランデですよ。」
「んな訳あるか」
思わず相棒の妖精の様なツッコミを入れてしまう。
乾いた音を立て爆発するそれは、かいりの想像するイオグランデには程遠い。子供受けは良さそうだし、見ていて楽しいのは否定しないが。
「術式のコントロールで呪文の炸裂する音や威力を最小限にとどめています。これでもれっきとしたイオグランデなんですよ?」
事も無げに言うが、分かる人間が聞けば白目を剥くような繊細な技術と集中力を用いる芸当である。
「それで、このちっちゃいイオグランデと、さっきのびっくばんの話がどう繋がるのよ?」
小さくなって行く魔法陣と小爆発を見つつ、改めてブラオバウムに質問するかいり。
「つまり、魔力を消費しているので、根本では同じでも、使うためのアプローチが違うという事なんです。」
「使うためのアプローチ・・・?」
杖を片付け、魔法陣が完全に消えた事を確認したブラオバウムは、改めて椅子に座ると手に魔力を集中させる。
「特技の特性は先程伝えた通りです。そして魔法の方は、明確に使う魔力の属性を意識して、発現する現象をイメージする事によって効果を調整する事が出来ます。」
ブラオバウムの言い回しにハッとしたように自分の掌を見つめるかいり。
「メラなら燃える炎を。ヒャドで有れば凍てつく氷を。その精神集中の時間が所謂詠唱と呼ばれるもので、魔法を使う人間はその時間で強固なイメージを固めているんです。」
掌の魔力を何度も変化させるブラオバウム。炎から氷や風、果ては黒雷に至るまで、次々変化するそれは幻想的で美しい。
「一方先程も言ったように、特技は直感的に使え、即座に発動する一方。威力の調整や指向性を持たせる事が難しくなっています。」
ビッグバンを先程のイオグランデの様に小さく炸裂させる事が出来るか?一瞬考えたかいりだったが即座に首を振る。先程の様に艦内で使おうものなら、確実にレヴィヤルデは沈没する。
「この二つは天秤の様な関係なんです。どちらかを強くしようとすると、片側から重りを取らなければいけません。」
持っていた本をおもむろに広げ、指の腹の上で揺らすブラオバウム。本はぐらりぐらりと揺れて、かいりの思考をも揺らす様だ。
「でも、魔法戦士やパラディンは、特技も魔法も使ってるわよ?」
「ああ言った両方を扱える職は、戦士や武闘家に比べて、特技の扱いが弱くなりがちです。魔法の方も同じくで、やはり本職には性能が劣ります。その分、選択肢は多くなり、出来る事が多いのが両方が使える彼らの強みですね。」
両方を習得するために厳しい研鑽と才気も必要です。と付け足すブラオバウム。
片側に寄っていた本の重心を中央に戻すと先程ほどよりバランスを取っている本は、しかしより大きな動きはしなくなってしまう。
「厳密に区分すれば、特技や魔法の種類によって更に職業に合った適性が有りますが、今回は省略しますね。」
「ユウリが使っていたあれは魔法じゃないの?詠唱をしてる風には見えなかったけど。」
かいりが言うのは先日仲良くなった友人に見せて貰った珍しく技。前触れもなく降り注ぐ稲妻は強烈な印象として残っていた。
「天地雷鳴士が扱う技は、魔法寄りですが発現までの手順がやはり違いまして。彼女らの技は空間に穴を開ける事に集中する事で手順を省略し、異界から雷や炎を呼んでいるんです。ああ言った特殊な職業。他にも伝説異伝に登場する『忍』や『デスマスター』等は、センスや才能が物を言うので、使い手が少なく、情報も中々出回らないんですよ。」
本を一度放り投げる。魔力でフワリと浮いたそれは、2人の間で音を立てて閉じた。
「話題が逸れてしまいましたね。結論を言いますと、戦士が魔法を使えないのでは無く、使おうとすると戦闘におけるバランスが崩れるためあえて使わない。が一般的な答えになります。」
「それじゃあ、戦士が凄い魔法を使ったり、魔法使いがギガスラッシュで大立ち回りしたりって言うのは出来ないの?」
閉じた本が頭上へと舞い上がり独りでにページを捲り始める。
「例外が無いわけでは有りません。私が。いいえ、誰もが知り得る職業で、それを可能とする存在があります。」
理解すると同時に、かいりの瞳には憧れと羨望の光が宿る。かいりと言う冒険者が望む一つの頂点。かいりという少女が羨む大いなる人の終着点。
宙を舞う本が一つのページでその動きを止める。そこに描かれるは剣を掲げる青年の絵画。
「・・・勇者ですよ。」
厳かに語るブラオバウムの声が、かいりには妙に遠くに聞こえた。