後半戦。かいりさんのターンです
ガクリと体が揺れる。違う。レヴィヤルデ自体が大きく揺れたのだ。
そう言えばそろそろ海上休憩の時間だったわね。
ボンヤリとそんな事を考えていたかいりの思考を再度揺れたレヴィヤルデが引き戻す。
ブラオバウムは揺れが引いた後、朗々とある一節を暗唱する。
「かの者が一度腕を震えば天は裂け魔族の頭上に裁きの稲妻が迸る。」
有名な一節だ。勇者を讃え後世に伝える伝説の詩。
「そして剣を振るわば一切を両断し、人々の未来を切り開かん。」
後半を引き取る形でかいりが呟く。何度も読んだ。何度も口に出した。忘れる事などあり得ない。自身の原点の一つなのだから。
「やっぱり勇者って凄いのね。話を聞いてると途方もなさと言うか、規格外っぷりがよく分かるわ。」
覇気の無い声は、彼女と少しでも付き合いがある人間が聞けば、大半が元気が無い事を察するだろう。
そんなかいりの様子をみたブラオバウムは一つ咳払いをすると声を一段と潜めて話を切り出す。
「学会でも疑問視される説なので話半分に聞いてくださいね?勇者伝天空編の三章幻想大地では、勇者と共に旅した仲間が、『勇者』と言う職業に就いたのでは無いかという説があります。」
弾かれたように顔を上げるかいり。彼女自身英雄譚や伝説は人並み以上に造詣が深いが、そんな話は聞いたことが無い。
「グランゼドーラが勇者と言う存在を特別視させる為に公表させて無いだとか、そもそも原典の伝説からして確証が薄いだとか色々な理由は有るのですが。」
そう前置きして語り出した伝説の断片はかいりにとっては驚きの坩堝であった。
「その者、あらゆる職を極め、遂にダーマの神より勇者を名乗る事を赦される。その力は勇者の王子に勝るとも劣らず。二振りの雷鳴は悪夢の世界へと進む。」
ほんの1節の文章。言葉にしてしまえば一瞬で紡げるそれは、かいりの耳には酷く強く響いた。
「他にも、鳥紋勇者伝二集に記録される青の皇子は、魔法を一切使えないと言うことが通説とされています。」
「でも、あの王子は最後他の勇者と力を合わせた合体呪文『ミナデイン』で破壊神を倒したって書いてある本が殆どだったわよ!?」
自分の知らない知識。それも勇者に纏わる話を聞き、かいりの瞳には再び好奇心の輝きが戻る。
「やはり印象の問題でしょうね。しかし、原典では青の皇子が魔法を使うシーンどころか、魔力を扱えた描写も存在しません。」
「じゃあ、あの勇者は本当に剣技だけで世界を救ったって言うの?」
「ええ。故に後世では、人間の可能性の象徴として、民衆に大層慕われた王になったと言われています。」
衝撃がレヴィヤルデとかいりを襲う。海面に出たのだろう。りょーこの艦内アナウンスが流れる中かいりはすっくと立ち上がり踵を返すと、肩越しにブラオバウムに声をかけた。
「色々教えてくれてありがとね。凄いためになったわ。」
それだけ伝え歩き出すかいり。手を上げかけたブラオバウムだったが、肩越しに見えたかいりの笑顔を見て、その手を下ろす。
何時もの笑顔で見送ったブラオバウムは改めて本を手に取る。
偶然開いた勇者のページを見て、彼の笑みはさらに深くなるのだった。