「慌てず老人子供を優先して馬車に乗せて下さい!大丈夫です!充分逃げるまでの時間はありますので!」
衛兵の誘導の声がジュレット上層に響き渡る。酒場に駆け込んできた少女の報告を聞いたポーレン町長は即座に町民の安全な地域まで避難する事を決定した。
「はっきり言って状況は良くない。」
「と言うか、最悪って言っても過言じゃないよね。何もかもが足りなさすぎる。」
重々しい空気が漂うのは臨時の作戦会議室となったポーレン町長の家。
主だった街の面々と冒険者が、撃退の作戦会議を行なっているが、あまりにも状況が良くなかった。
「砲弾や大砲は最低限残ってたからまだ何とかなるかもだけど、人手が足りないね。」
そう、避難する以上、魔物が生息する領域を無力な町人を連れて抜けなければならない。
街の衛士団は、その護衛に付いて行く事が決まっている為、撃退には冒険者が主体で当たる事となった。が、先の大地の箱舟停止の影響でジュレットに滞在していた冒険者は片手で数える程。
「や、やはり衛士から何名か撃退に選抜しては?」
「ありがたい申し出ですが、軍隊と冒険者では、闘い方が違いすぎるのです。致命的な所で連携が噛み合わなければ、そこから即全滅もあり得ます。」
ポーレン町長の申し出を丁寧に断るアレス。
彼の言う通り、冒険者と軍隊が同時に闘うと、受けて来た訓練や考え方の違いから、お互いに強みを活かす事が出来なくなってしまう。
又、今回の状況ではどうしても護衛の方に人数が必要な為、消去法で冒険者が撃退の側を担当する事になったのだ。
「今朝出発した馬車を追いかけて早馬は出していますが、追い付けるかどうかは五分と言った所です。」
そう報告するのは衛士隊の隊長。
今朝早く、陸路でヴェリナードを目指す冒険者数名を乗せた乗合馬車が出発していた。
彼等を呼び戻す為に伝令を走らせているが、隊長の言う通り、少なくとも魔族の攻撃が始まるまでに戻って来る事は無い。ともすれば、既に渡し船でジュレー島から離れて追いつけずに空振りで終わる可能性もある。
「私達以外の冒険者が2人だけとはねー。最低でも後2人は欲しい所だよねぇ。」
そうぼやきながら窓の外を眺めていたミャジが、突然立ち上がる。
何事かと注目する周囲の目線も気にせず、眼を凝らして避難する人々の列を見ていたミャジだったが、うっすら口角を上げると突然走り出した。
「アレス君、ちょっと席外すね!」
「は?おい!?」
慌てて制止するアレスの声を無視して部屋から飛び出した。
町長の家から飛び出したミャジは、避難のために並ぶ人々の列を見回す。そうして、目的の人影を見つけると、喜色満面で近付いていき、その肩に手を置いた。
「あなた、冒険者でしょ?しかも相当な使い手の。」
手を掛けたのはダークプラムのロングコートに大きな黒い帽子を被った人間の女性。女性は振り返ると、品の良い笑顔を浮かべた。
「嫌ね、こんなちっぽけな商人を捕まえて、冒険者だなんて。」
そう言って肩の手をやんわりと外そうとする女性に、逆に抱きつく様に近付いたミャジは、お互いの吐息が聞こえるような距離で囁きかける。
「今日は、もう1人のボスは別行動なの?怪盗ラズベリー団のラズさん・・・?」
「・・・要件は何?」
一段目付きが変わった女性。アストルティアで活動する怪盗ラズベリー団。彼女はその2人居るボスの内の1人『ラズ』
「話が早くて助かるわ。有り体に言えば商談ね。こちらの要求は近付いてきてる魔族撃退への協力。お仲間がジュレットに潜伏してるなら、その人達の手も借りたいの。」
「へぇ・・・それで、商談と言うには対価があるのよね?」
興味をそそられたとばかりに正面からミャジを見据えるラズ。それに対しミャジは、唇に一本指を当て、ラズの手を引いて避難民に列から離れて歩き出す。
奥まった路地に入った2人。ラズもおおよそ何を言い出すか理解したのか、口元を悪戯を考える子供のように綻ばせる。
「私が出す対価は二度にわたるエスコーダ商会金庫襲撃の事実の隠匿と減刑。」
「天下の魔法戦士団様がそんな事しちゃって良いのかしら?」
「面子売って人命守れるなら幾らでも売ってあげるわよ?」
ラズと同じ様な表情で笑みを浮かべるミャジ。その笑みに、ラズは自分と通じるところを見た。
「それに・・・貴女、こう言う方が好みでしょ?私も冒険者上がりだからねー意地汚いと言われようが使えるものは何でも使うの。」
魔法戦士団の一員とは到底思えない発言に、遂にラズは吹き出す。一頻り笑った後に、今度はラズの方がミャジの肩に手を置く。
「気に入ったわ!商談成立よ!」
楽しそうにウィンクするラズ。かくして、盗賊団の頭領もまた、戦線へと加わった。