轟音と共に、ジュレット駅の天蓋が崩れ落ちる。自らの力を誇示するために落とされた氷塊を踏み越え、蒼海より魔族が進み来る。
「いや~敵さん随分派手な登場だね~」
広場のふちから脚をブラブラと放り出し、呑気にそんな感想を述べるミャジに、先程まで着ていた普段着から戦闘用の装束に姿を変えたラズが、手元に白い眼を送る。
「乗っておいて何だけど、この人もしかしていつもこんな感じなの?」
「・・・慣れるか諦めた方が良いぞ。」
何処か遠い目をするアレス。もっとも、3人とも直接お互いの様子を知る事はない。何故ならば、彼らは腕に挟んだ型紙に向けて話しているからだ。
「でも、ソメイちゃんが便利な物持ってて助かったよね!」
「役に立っているなら良かったです!」
ミャジの声に嬉しそうに答えるソメイ。彼らが通信用に使っている型紙。これはソメイの私物であり、同時に宝物でもある。
魔力が扱えなくとも、型紙に意識を向ければ声を伝えることの出来るそれは、広いジュレットの街での戦いでは非常に重要な装備となった。
「各自、連携と連絡を密に。特に後衛は前衛への対応指示も頼む。」
北部結界前に立つアレスが改めて配置と役割を確認する。
南の結界前にはみなゆり
上空から箒で海岸線を見るソメイと、その後ろで主人の元を離れたそーめんが鎮座している。
即席で用意した砲門が設置された酒場上の広場では、ミャジとラズがそれぞれ準備をしている。
「ん、どうやらアレが相手のボスみたいね。」
ラズがそう言って双眼鏡を覗く。視線の先には筋骨隆々の巨人が今桟橋上へ進み出て来た所であった。
額に頂くのは自らが海の覇者である事を誇示するが如き王冠。纏った蒼い鎧と、その下に見える筋肉がそのまま実力を示す旗印となっている。
『翠煙の波皇帝ネブド』
それが冒険者達が対峙する軍団の首魁。卑しくも皇帝を名乗るその魔族は指を一度大きく鳴らす。すると瞬く間に足元より氷が湧き上がり、数秒で氷の玉座を作り上げた。
「下賎なるアストルティアの冒険者共に告げる。」
悠々と吐き出された言葉に、大気が。街が震える。そう勘違いさせる程の圧を伴った言葉が、ネブドの口から紡がれた。
「大人しくこの街を明け渡すのであれば・・・」
紡がれていたネブドの言葉が半ばで止まる。
眼前には、凍てついた鏃と火炎呪文《メラゾーマ》が静止していた。
「話が長い。」
「髭が偉そうだよね。」
あんまりと言えばあんまりなミャジとラズの挨拶。だがそれにネブドは笑みを浮かべる。
「フハハハハハ!そうだ!そうでなくてはな冒険者共!これだけの兵を用意した甲斐がないと言うものよ!」
ネブドが腕を振り上げると、海中より液状の魔物『アクアメーバ』と名は体を表すとばかりの大蟹『ばけガニ』の軍勢が進み出る。
「ッチ、これで逆上して突っ込んできてくれたら楽だったのに。」
「だねー。軍師として冷静な判断も出来るバトルジャンキーとか面倒。」
ぼやくラズとミャジ。何も考えずに全兵力を最初から投入してくれれば大砲で薙ぎ払えて御の字。と考えていたのだが、敵もそこまで間抜けでは無かった。
「で有れば、想定通り大砲は温存だな。皆、戦闘準備!」
迫り来る魔物を前に、各々が武器を構える。
アレスとみなゆりが駆け出し、戦端が開く。
赤い尾を引いて飛来したラズの火炎呪文がアクアメーバを蒸発させ、みなゆりのタイガークローが紙を切るようにばけガニの甲殻を引き裂く。
「暴走!まほーじん!」
何処か気の抜けた声と共に、ミャジがレジェンズワンドで地面を叩く。そうして現れた紫紺に輝く魔法陣。それは上に立つ術者の魔法伝導に干渉し、爆発的に威力を高める補助の陣。
「時針加速!《クロックチャージ》」
次いでかけた物は、魔法戦士の秘儀。精神に干渉し、連発する事が出来ない術技の再発動を早める技。
「いやー!一方的にバカスカ撃てるっていうのは気分良いわね!」
魔物からすれば凶悪この上ない笑顔で次々と火炎呪文・氷槌呪文を放つラズ。彼女が一度杖を振るえば、魔物が次々と消えて行く。
しかし、彼女以上に魔物を撃破している者がいた。上空でソメイの箒に同乗しているそーめんである。
「たーまニャー!」
声と共に、敵の頭上に降り注ぐ黒い球体。大地や魔物に触れた瞬間轟音と共に爆発し大地を揺さぶる。敵の攻撃の届かない上空から一方的に爆弾を落とすその様はさながら絨毯爆撃を行う戦闘機だ。
アクアメーバがハエを落とさんとマヒャドを落とすが、ドルボードの運転はソメイが担っている為、悠々と回避する。
「さて、これは威力偵察と言ったところだろう?どう出てくる・・・?」
緒戦の結果は上々。だがアレスは油断せずに、氷の玉座に座るネブドを睨み付ける。
防衛戦はまだ始まったばかり・・・