バナゴルの参戦により、徐々に戦線が変化して行く。
「うひゃあ!?」
「にゃー!?今の危なかったにゃ!尻尾がピィン!ってなったにゃぁ!」
まず一番に影響が出たのは当然ソメイとそーめんの爆撃機コンビ。今までは上からの氷槌呪文に気を配るだけで良かったが、そこに下から襲いかかるバナゴルの『シールドブーメラン』が追加された事で、先程より戦場を移動するのに時間と神経を使う様になる。
「この!えぇーい!」
ソメイが釘付けにされ易くなった影響は、直ぐに現れる。元々みなゆりの持つ爪と言う武器は、それ程対多数戦に向いていない。
今までそーめんの爆弾で処理出来ていた魔物が、みなゆりの元まで流れて行く事になる。その結果、みなゆりは爪の大技で薙ぎ払わざるを得ない状況が増えていた。
「このままじゃ・・・いずれ結界前に敵が通ってしまいます・・・!」
悔しげにみなゆりが報告する。それを聞いて一瞬逡巡したアレスだったが、はやぶさ切りで目前の魔物を三枚に下ろすと同時に、指示のために声を上げる。
「ミャジ!南砲門!」
「もう装填出来てる!撃つ判断はこっちでやるからアレス君はそっち集中しといて大丈夫!」
言葉のみでのやり取りだが、それに満足したアレスは自らの剣に光の理力を纏わせ、再び魔物の群れに踊りかかった。
「みなゆりちゃん!こっちの合図と同時に酒場側の階段で伏せてね!」
「へ?・・・ッ!ハイ!」
何が来るか気付いたみなゆりは魔物の群れを相手取りつつ、半歩、また半歩と後退して行く。
そうして、階段の踊り場。つまり結界の目前まで来た所で、再びミャジからの声が型紙を通して届いた。
「3・・・2・・・1・・・今!」
言葉と同時に敵に向かって走り出す。突然の行動に、魔物達は反応が遅れる。そして、それが命取りだった。
ばけガニの硬い甲殻を足場に、一気に魔物達の頭上を飛び越える。そうして、階段の一段低い所に降り立ったみなゆりは、確認もせずに頭を大地へ伏せる。
風切り音の様な高い音が響いた直後。
響いたなどと言う表現では生温い爆音がジュレットの街を揺らした。
「うひゃああああああ!?」
頭上を荒れ狂う爆風が駆け抜け、思わずみなゆりの口から驚愕の悲鳴が漏れる。
『強化砲弾』イオ・バギ・メラの魔力を絶妙なバランスで調整し、火薬を詰めて作られるこの砲弾は、一般的な砲弾とは一線を画した威力を持つ。
爆風が過ぎ去った後の踊り場には、カニの破片すら残っていない。最も、残っていたとしても魔瘴に還るだけだが。
「みなゆりちゃん。次、海岸側からばけガニが数体突っ込んで来てる。大変だと思うけどお願いね。」
「ハイ!頑張ります!」
凄まじい大砲の威力に呆けていたみなゆりが、走り出す。
一方冒険者側の指揮も兼ねているアレスは手詰まりを感じていた。
「強化砲弾だって無限じゃ無い。出来れば温存していきたいが・・・」
このまま行けば、砲弾が切れたタイミングで戦線は瓦解する。
決してみなゆりの実力が低い訳では無く、純粋に状況と爪と言う武器の相性が良くないのだ。
「せめてもう1人前線で戦える戦士が居れば・・・」
彼らしくも無く、つい無い物ねだりの言葉を口にする。
「きゃああああああ!?」
思考の海に沈んでいたアレスの耳にみなゆりの悲鳴が響く。彼女の目前にはソメイを牽制しつつ階段を上がってきたバナゴルの姿が有った。
「不味い!ラズ!ミャジ!カバー!」
咄嗟に出す指示。だが、僅かに遅い。ラズが火炎の魔力を練る。ミャジが砲弾を装填する。ソメイとそーめんが飛び込む様にドルボードを駆る。
そして、それより早くバナゴルの盾がみなゆりに振り下ろされる。
「マズ、ヒトリ。」
冷酷に響くバナゴルの言葉
それすら、遅い。
長大な剣が飛来し、バナゴルの肩に突き立つ。
「伏せてろ!」
聞き覚えの無い声。だがそれを信じ、みなゆりは頭を下げる。
瞬く間に階段を駆け下り、ウェディの男性が踊り場に飛び込んで来る。
飛び上がり、そのまま肩に突き立つ剣の柄に蹴りを叩き込んだ。
強化砲弾に負けず劣らずの爆音が轟く。
その爆発は中心となったバナゴルだけで無く、周囲の魔物すら巻き込んで荒れ狂った。
みなゆりが顔を上げると、踊り場に立っていたのは当のウェディのみ。
紅いバンダナを頭に巻き、粗野な服装は彼の人となりを表す。
「なんだ・・・海底離宮とやらに行く前のウォーミングアップと言うか、ソーミャの奴が煩かったからと言うか・・・」
ややバツが悪そうに頭を掻いた後、溜息を吐くと宣言する。
「まあ、俺としても縁が無い街って訳じゃ無いんだ。だからまあ、戦力として数えてくれ。」
最近こんな事ばかりだとボヤく、ウェディの男『ヒューザ』は、だが口元に薄く笑みを浮かべていた。