ヒューザが放った『ビックバン』の爆音は、街全体を揺るがし、布陣するネブド達の元まで届いた。
「・・・ほぉう。」
思わず感心した様に呟くのは、玉座に座すネブド。笑みを隠す事もせずに髭を触る。
「まさか、あれ程の使い手を隠していたとは!」
逆に狼狽したのはそばに控えていたバナゴル。同族が一撃で消されたのだ。その衝撃は推して知るべし。
「いや、あそこまで温存する意味も無いな。遅れて来たのか、それとも別の理由があるのか・・・何にせよだ。」
天を仰げば、太陽は既に天の頂にまで登っている。戦闘が開始されてから既に2時間以上が経過していた。
「頃合いが近い。準備していた部隊を回せ。」
ネブドの指示に慌てていたバナゴルは慌てて頭を下げる。
揺るぎない主人の姿に心底敬服する。雑兵一人増えたところで大局に影響は出ない事を確信している。それを言動では無く立ち居振る舞いで見せ付けられる。そうだ。何を狼狽える事があろうか。
今しがた散った同族も、そして自身も、この海の覇者に命を預けているのだ。
自らの忠誠を今一度胸に刻み直したバナゴルは、深々と頭を下げ、伝令のために桟橋より海中へと姿を消した。
「さあ、簡単に折れてくれるなよ冒険者共・・・」
再び始まった戦闘音を聞き、ネブドは邪悪な笑みを深めるのだった。
「おらぁ!」
乱雑に振られた両手剣の一撃。それによって片手では足りない数のばけガニとアクアメーバが纏めて両断される。
ヒューザは内心舌を巻いていた。アレスの指揮の元、たった5人と1匹でこれだけの数を相手取り、2時間以上にも及ぶ遅滞戦闘。それもたった1人の犠牲も出さずにだ。
「避難民の誘導が無いとはいえ、ここまで差が出るもんなのかよ!」
数ヶ月前のルシナ村での戦いを思い出し、思わずそんな感想が口を突く。
実際細かく見比べれば、ルシナ村の防衛戦と今回のジュレットでは、奇襲された事など状況は大きく違う。だが、ミーティア号の船員が居たルシナ村では、最低限とは言え戦闘出来る人員が居た。一方この戦場にはこの少人数の冒険者のみ。防衛の設備も結局は使う人間が居なければ只の木偶の坊である事も加味すれば、ヒューザが驚愕するのもやむなしと言える。
「フ・・・心強いこったな。」
両手剣を一度肩に担ぎ直しつつ呟く。
成る程このメンバーならば、守りきる事も出来るかもしれない。ヒューザは笑うと、再び両手剣で周囲の魔物を薙ぎ払った。
「凄い・・・」
参戦してからそれ程時間が経っていないにも関わらず、目に見えて撃破数の多いヒューザに、思わず呟くみなゆり。
薙ぎ払い。大旋風切りと言った両手剣の大技の数々で纏まった敵を刻み、渾身切りや見た事がないVの字に切り上げる独自の技を使って危険な相手は確実に屠る。
魔物にとって死の旋風となったヒューザの活躍は、味方として戦う冒険者にとってはこれ以上ない援軍だった。
「私だって!」
それに鼓舞されみなゆりや他の冒険者達も押し寄せる敵を自身の武器と鍛えた技で押し返す。
そんな中、ラズは言い知れない違和感に顔をしかめていた。
今、防衛戦は順調に進んでいる。不安であった前線不足もヒューザの参戦で何とかなった。戦術的に優位な高台に魔法使いである自身。いざとなれば射撃での援護にも回れるミャジ。
布陣は完璧。大きな被害も出ていない。そう。戦いは順調に進んでいた。『順調過ぎる』程に。である。
「ねえ、アレス・・・」
「ラズさん!南から突進アマモが3体!お願いします!」
違和感の正体を確かめようと口を出かけた言葉は、新手の魔物の出現によって遮られる。
ソメイが指差す先には白いわかめ王子としか形容しようが無い魔物。
『突進アマモ』の見た目にそぐわぬ素早い足取りで階段を駆け上る姿に、慌ててラズは火炎呪文を撃ち出す。
「ああもう考え事中に鬱陶しいわね!」
立て続けに3発。全て正確に突進アマモを焼き払う。そして燃え上がる魔物を見て。ラズは再び違和感を感じる。あと少し、喉元に小骨が引っ掛かる様な不快感を感じるが、それを深く考える事を敵は許さない。
「これが遺跡の罠の解除とかならゆっくり考えられるのに!」
その胸中の靄を振り払う様に大声で悪態を突く。多少気は紛れたが、それでも先ほどの違和感を拭い去るには及ばない。
ラズは不快感を感じつつも、今度は北部のアレスに呼ばれ、広場を駆けた。