高名な旅芸人『ぷらっぺりん』は、かつて娘に旅芸人の本当の使命を説いたと聞く。
『危険な思い込みをエスプリの効いたジョークで解きほぐし』
『先の見えない忍耐の時に希望を思い出させ』
『痛快な皮肉で差別と偏見を吹き飛ばす』
『そうして、人の心が笑いを忘れないように守る。』
直接その話を聞いた訳では無い。人づてに聞いた話じゃ無いかと言われてしまえばそこまでだ。
だが、ソメイはそれに感銘を受けた。アマセが遊覧飛行のお礼にと語った彼の知る冒険者の話。
あまりにも遠い遠いその繋がりに、それでも強く影響を受けたのだ。
覚悟を決めて、顔を上げる。この行動が正しいのかは分からない。
それでも、今はこれが私に出来る最高の事だと思ったから!
「トリック!オア!トリーーーーート!!!」
叫びと共に、キラキラと眩い飴玉が冒険者達の頭上に雨霰と降り注いだ。
「なにこれ!?」
「あ、飴玉だぁ!?」
「あ、ホントだ、甘くて美味しイダァ!?」
ファンタジーな光景にみなゆりは目を輝かせ、ヒューザは突然の出来事に目を丸くする。一つ手に取り口に含んだミャジの脳天に、何故か特大の飴玉が落下した。
「ノンノンノーン!ですよ皆さん!ピンチこそ笑顔を忘れずに楽しまないと!」
チッチッチと箒の上に仁王立ちしたソメイは指を振る。
クルリと回り箒に跨ると、ポカンと呆けるみなゆりの口に飴玉を一つ放り込む。
「ここは1つ、甘い物でも食べて一息つきましょう!そうすればいい考えが浮かぶってもんです!」
エヘンとでも言いたげに胸を張るソメイ。余りに場にそぐわないその雰囲気に、ミャジとアレスが揃って吹き出す。釣られて笑うみなゆり。ヒューザは視線こそ逸らしているものの、口元には隠しきれない緩みがあった。
「あー!ゴメンなさい!最初に結論だけ言っちゃったせいで考えが凝り固まってた。」
「いや、こっちこそ、不躾な態度とって悪かったな。」
お互いに自分の悪かった点を吐き出すミャジとヒューザの2人。
「でも!逃げた方が良いと思うのは変わらないよ!ここから勝つのは無理無理むーりー!」
「えぇ!?ミャジさんそこは折れるところですよね!?」
決して話が前に進んだ訳では無い。だが、冒険者達の顔には前に進む活力が溢れんばかりに輝き、笑い合う。
「付き合ってらんないわ。」
ただ1人を除いては。
「ラズさん・・・?」
鋭い目をするラズに、みなゆりが疑問を投げかける。
「どんなに気力が持ち直しても、気持ちで敵が倒せる?ちょっした作戦程度でこの戦力差が覆る?」
「それは・・・でも・・・」
言葉に詰まるみなゆり。それはみなゆりに限った話では無い。誰も、それに反論する事は出来ない。ラズが語る言葉は紛れもなく真実で、動かし難い現実なのだから。
「さっきも言ったけど、私はこれ以上付き合いきれない。抜けさせてもらうわ。」
1人なら、隠れて包囲網を抜ける事も出来るから。
そう言い残すとラズは酒場の扉を開き外へと出て行く。
「あ!?ちょっとラズ~!」
ミャジが慌ててその背を追いかける。
再び沈黙が落ちそうになる酒場で、手を叩く乾いた音が響く。
「彼女の事は今はミャジに任せて、取り敢えず前向きな話をしよう。」
先程までのピリついた空気ではこう切り出せなかっただろう。
戦う人間には出来ない戦い方。
それをやってみせたソメイに敬意を払い。アレスも覚悟を決める。
「勝ちに行こう。泥臭くとも、冒険者らしく!」
机の上に地図を広げると、今まで浮かべて無かった様な笑みを浮かべた。
「確かにこれは・・・博打だな。」
作戦の内容を聞いたヒューザが呻く。
アレスの提示した策はそれ程乱暴なものだったからだ。
「だが、上手く嵌れば海岸線からの侵攻は何とかなるかもしれないですよ!」
「そこは時間との勝負ですね。ネブドを私達が倒すのが先か・・・」
「俺が倒れて上層の魔物達が決壊するのが先か・・・だな。」
アレスは自らを守る盾を撫でる。
「大丈夫なのか?たった1人で半永久的に沸き続ける敵を相手取るなんてよ。」
ヒューザの疑問も最も。アレスが立てた作戦の大前提として。彼がたった1人で上層に陣取った魔鐘と、それが呼び続ける魔物を相手取ると言う事があった。
「大丈夫ではないけど、この中だと俺が1番時間稼ぎに向いてるんだ。」
そう話していた所にラズを追って外へ出ていたミャジが酒場内に戻って来る。
「ラズは・・・ダメか。」
「結構無理言って付き合って貰ってたからね~」
ラズめ~と顔を膨れさせて机にへばり付いたミャジ。
「ミャジは海岸線側の防衛戦の指揮な。」
「・・・はえ・・・?」
そこにかかった予想だにしないアレスの一言に、ミャジは目を丸くして固まった。