凍てつく氷槌が降り注ぐ。それを剣で打ち落とし、返礼にギガスラッシュを放ち魔物を薙ぎ払う。
呼吸が荒くなっている事を自覚し、己を奮立てる様に剣を握りなおす。
『爆裂の理力』はその絶大な破壊力と引き換えに、1つ大きなデメリットを抱えている。
それは、強烈な反動【バックファイア】
それは術者であるアレスに牙を剥く。正に諸刃の剣。白く美しかった装束は所々煤けて黒くなり、真紅の髪にも翳りが見える。
ここまでにアレスが破壊した魔鐘は二体。次々吐き出される魔物を切り抜け、それを成し遂げる技量は凄まじいものだ。
「だがそれでも、この数は押し返せまい」
バナゴルが呟く。
彼は上層から突入する部隊の指揮官だ。故に、自ら前に出て戦う事はしない。否、出来ない。万に一つ彼が打倒されれば、それは魔族側の作戦の瓦解を意味する。
故に、彼は最初からアレスの活躍を目にし続けていた。
最初は、一人で挑んで来る事を蛮勇と嘲った。
次は、この数を物ともせずに、寧ろ油断すればこちらの思惑を粉砕する気迫に気圧された。
そして今は、少々この小さなエルフが何処まで抗うかに興味があった。
無論、自分達の勝利は疑うべくも無い。
この数的有利が覆る事等有り得ない。
孤立したこの場所で、援軍など望めない。
防衛結界が機能しない以上、冒険者共に逆転の秘策など存在し無い。
何よりも、事戦闘において、波皇帝【ネブド】が敗北する事など絶対に有り得ない。
奇跡とは、起こるべくして、起こるべき者の元に顕れる。
殺到する魔物の軍勢。斬れども斬れども尽きぬその物量に、思わず嘆息する。
先程まで断続的に聞こえていた大砲の発砲音が聞こえなくなっている。ネブドを撃破出来たのだろうか?楽観的な憶測を首を振って否定する。だとすれば、敵の供給に変化が有るだろう。それがなくとも、ミャジなら空を移動できるソメイを真っ先に援護に行かせる筈だ。
それが無い以上、戦闘はまだ続いてると考えるのが妥当だろう。
「後もう一手有れば・・・」
それさえ有れば、打開の可能性が見えて来る。しかし、その一手に欠ける。このままその一手が掴めなければ、焦げ付く様にじりじりと押されてしまう。
故にそれは必然だった。
勝利を確信し、次への思考を手放したバナゴル。慢心とも言えるそれは、可能性を無意識に否定していた。
勝利を望み、先を見据え続けたアレス。無謀とも取れる1人での殿もまた、細い可能性を手繰るための一手。
視線こそ交錯しつつ、だが見据える物が違ったからでこそ。
奇跡は必然として起こり得る。
『雷竜一閃!!!』
稲光が、敵の只中を引き裂いた。
アレスのギガスラッシュでは無い。敵軍の『後方』から凄まじい速度で進む稲光の如き閃光。一手遅れれば敵陣の只中で孤立しかねないそれは、それを恐れぬとばかりに猛進し、やがて敵陣を真っ二つに切り開く。
「よっ!遅くなって悪かったなアレス!」
片手を上げて戦場とは思えない気楽さで声をかけたのは、蒼い鎧を纏い、何処か子供の様な無邪気さの残る顔立ちをした人間の剣士。
「リュウガ!?」
アレスの知己であり、何度も共に冒険をした仲間でもある『リュウガ』であった。
「おっと、来てるのは俺だけじゃ無いぜ?」
リュウガが指差すと、雄々しく駆ける馬に引かれた馬車が敵陣の只中を突破して来る所であった。
二人の横で急停車した馬車から飛び出る人影。その数は二。
全身を黄色の衣装で覆ったドワーフの女性がその技で包囲を狭めようとした敵を押し返す。
「ボロボロじゃ無いですか!?今治療しますから動かないでくださいね。」
そう言ってアレスに高位回復呪文【ベホイム】を施すのはもう一人、青髪に白いブレイブメイルを纏った人間の女性。
彼らは、海洋兵団襲撃の直前に乗合馬車でヴェリナードへ向かった冒険者達。ジュレットでの火急の報を街から出立した早馬に伝えられ、援軍に駆け付けた者達であった。
「いやー焦った焦った。海からの襲撃だって聞いてたのに、まさか街の入り口が包囲されてるんだもんな。」
得物である片手剣を肩に担ぎ、リュウガは語る。
笑顔で語るその様は、友人を信頼しているからこそ。
「さ、傷は治ったか?」
「呪文で傷口を塞いだだけです。無理は禁物ですよ。」
自身を治療してくれた女性。『ウェルデ』と名乗った彼女にアレスは礼を言いつつ立ち上がる。大地に寝かせていた星屑の剣を一度鞘に収めると、体調を確認する様に2、3度拳を握っては開く。
「リュウガ、ここは任せても大丈夫だな?」
「おう、行ってきな。」
言葉少なに語り合う。しかし、彼らにとっては会話などそれで充分。
互いの掌を頭上で叩き打ち鳴らす。
アレスは街の中へと駆け出す。
まだ戦っているであろう、今共に並ぶべき仲間の元へ。