(この違和感は何だ・・・)
ネブドの中に生まれたのは僅かな疑念の渦であった。今、冒険者達は全力で戦う事でこの押し引きの形を保っている。
だが彼等とても生きている人。いずれは疲弊し、そして戦線は遠からず瓦解するだろう。その動きは最初の精彩さは翳り、致命傷には至らずとも被弾した様子も一度や二度では効かなくなって来ている。
事実、爪の少女や箒の少女は、疲労も相まって今にも折れそうになっているではないか。
であるにも関わらず、自身が感じるこの悪寒は何だ?何か、何か重大な見落としをしている。そう言った類の本能の警鐘。
そう思わせるのはあれだ。あのウェディの男女。そして先程戦線に戻ったエルフの男。その者達の、まるで推し量るかのような目線。
(闇雲に戦う者の目ではない。何かを狙っているとでも言うのか・・・?)
ここまでの妨害は言ってしまえばネブドの想定の上を行くものでは無かった。痺れ砲弾での連続拘束こそ驚かされはしたものの、所詮時間稼ぎだ。事実ネブドは冒険者達の攻撃を耐え切った。
(倒す事ではなく、時間稼ぎする事自体が目的・・・とすれば、『何かを待っている』・・・?)
無気味な冒険者達の奮闘に危機感を感じたネブドは己の本能に従い、強引にでも突破するため突撃の指示を下そうとし・・・
そして、全てが切り替わる。
「・・・えっ!?」
仄暗い海底。深海を征く潜水艦『レヴィヤット』
そのソナー長である『マルモ』は、計器が示す不可解な反応に顔をしかめた。
「進路に何かありましたか?」
「あっいえ、進路ではなく、はるか南方から、魔力反応が有って・・・」
レヴィヤットの艦長であるウェディの女性『アスカ』からの問いに、困惑した様に答えるマルモ。それもその筈、魔力反応の発生源はジュレットの街周囲になるのだが、そんな場所で発生した魔力紋を、ヴェリナード領南を航行するレヴィヤットが本来拾える筈が無いのだ。
「そんな事、大隊規模の魔法使いが一斉に大魔法を使いでもしないと・・・」
「つまりは、その規模の魔力行使があったという事だろうな。」
困惑するマルモに答えたのはレヴィヤットに乗艦する魔法使いにして、ヴェリナード女王お抱えの凄腕である『リンドウ』だった。
興味深げに反応を見ながら言葉を続ける。
「計器と言うものは嘘は付かん。とすれば、ジュレットでこの規模の魔力行使があったと見て間違い無いだろう。そして、そんな物が必要な事と言えば・・・」「まさか・・・ジュレットの街で戦闘が起こっている!?」
アスカの言葉ににわかに騒めく艦内。
何が起きてるのか、詳細に調べるべき等、様々な意見が飛び交う中に、僚艦である『レヴィヤルデ』からの通信が入る
「まあ落ち着け。どの道調べて本国に通達したところで、今正に起きている戦闘だ。間に合わん。」
冷静に場を制するのはレヴィヤルデ艦長にして突入部隊一陣の総司令官でもある『ロスウィード』
「私達の目的はあくまでも海底離宮の攻略だ。」
取りようによっては薄情とも取れる言葉。だが、この場においては最も正しい判断。
「それに、戦闘が起こっていると言う事は、少なくとも抵抗している者達がいると言う事だろう。」
ならば、それを信じてやれば良い。そう続けて、ロスウィードは通信を切り、航路そのままの指示を下す。
進路を変える事なく暗い水底を潜水艇は進む。
凄まじい魔力。
そして切れていた物が繋がった感覚。
二つの感覚にネブドは戦慄する。
「まさか!?」
冒険者達の後方。二箇所の防衛結界。沈黙していたそれが息を吹き返したかのように唸りを上げる。
決壊した防波堤の如く魔力が吹き出す。
瞬く間に海洋兵団の魔物達を飲み込む破邪の魔力。低位の魔物は触れるだけで魔瘴へ還り、ネブドですら凄まじい重圧に膝を折る。
「まさか!?まさか!?貴様ら、これを最初から・・・ッ!」
その様子を見て、ミャジは疲れきった、それでも安心したようにふやけた笑みを浮かべる。
「ほんっと、気を揉ませてくれるよね・・・」
ジュレットの街の一角。ポーレン町長を始めとした一部の者のみが知り、そして入る事を許された場所に、『彼女』は立っていた。
ぼんやりと発光するのは魔法式のコンソール。
両の手には『偶然拾った』防衛軍のグローブを纏っている。
画面に浮かぶのは【正常に機能しました】と言う何でもない一文。そして、この場ではどんな宝石より価値のある一文。
その一文を見て、彼女は心底楽しそうに笑う。
「あーはっはっはっはっは!やってやったわ!・・・魔族共!あんた達の『作戦』と言う名のお宝!この怪盗ラズベリー団のボス。ラズ様がド派手に頂いたぁ!!!」
会心の盗みに思わず口上を口にする。
今、冒険者達の奮闘が、逆転の狼煙を上げた。