「待ってよラズ!」
夕暮れが近づくジュレットにミャジの制止の声が響く。
付き合ってられない。そう言い捨て酒場を出て行った彼女を追い、階段を登っていた。
その前方、無言で足を運んでいたラズが急に足を止める。
「それで?私は何をすれば良いの?」
振り返えり、唐突に言葉をかけられたミャジはポカンと口を開ける。
その反応にため息をついたラズはミャジの鼻先に指を突きつけると、腰に手を当て、面倒くさそうに説明を口にする。
「アンタが自分で【無策で戦闘しても100回やったら100回負ける】って言ったんでしょーが!」
でも、と階段の上から見下ろすラズは続ける。
「策があれば100回に一回位の可能性は有る・・・って事でしょ?」
意図を汲んでいた言葉と共にウィンクを一つ。その態度にミャジが肩を震わせる。
「いやいや・・・何でそこまでしてくれるの・・・?言っとくけど相当無謀な策だよ?」
「無茶も無謀も冒険者の華でしょ?」
それに。と、含み笑いをしてからラズは言い放つ。
「最初にアンタとの商談に乗った時言ったでしょ?気に入った・・・ってね。」
顔を見合わせて、2人は同時に吹き出す。
「ック・・・フフフ、いやぁ、お互い馬鹿だねぇ!」「ッフ・・・アハハ、じゃなきゃ怪盗団のボスになんかなったりしないっての・・・!」
ひとしきり笑い合い、肩を叩き合う。ミャジは笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を拭う。
そしておもむろに自らのグローブを外す。
「このグローブ、街にある防衛結界のコンソールに接続できるんだよね。当然、国からの支給品だから、譲渡なんてもっての他。」
そう言いながら、ミャジはグローブをラズに投げ渡す。
「とは言え、『うっかり落としてしまった』物を『偶然通りかかった誰かが偶々拾っちゃう』のは仕方無いよねぇ?」
白々しい言葉にラズは益々笑みを深くしてグローブを自らの腕に着ける。
「拾った誰かさんが『何故かそのコンソールの場所を知っていて』『結界を再起動させるために使って』も仕方無いわよね?」
手を掲げて、頭上で打ち鳴らす。
「「そっちは任せた!」」
ラズは街の奥へ向かって階段を駆け上がる。
ミャジは酒場へ向かって一足飛びに階段を下る。
互いに振り返ることはしない。信用に足りる冒険者であると。既に知っているから。
「確かに任せろとは言ったけどさぁ・・・」
時は暫く経過し、アレスが流星の如くネブドへ躍りかかっていた頃。
ラズはコンソールの前で頭を抱えていた。
「だーれだこの細工した魔族!どんだけ複雑な保護術式作ってくれやがるのよ!」
力任せにパネルを叩く。表示された一文には『権限がありません』と言う無情な言葉。
それを見てラズが唸る。
彼女とて名の売れた盗賊であり、稀有な才を持つ魔法使いでもある。
最初こそ、丁寧に保護を解除していたが、そのあまりの複雑さと底意地の悪さに一周回って感嘆すら覚えていた。
「最初は無かったのに八割過ぎた所で失敗すると最初に戻るとか!仕込んだ奴の嘲笑が聞こえそうで腹立つ!!!」
御丁寧にコンソールに『ここまで来たならあと少しよ!頑張れ頑張れ!』等という専用メッセージのおまけ付きでだ。
コンソールに轟炎呪文【メラガイアー】を叩き込みそうになったラズを誰が責められようか。
「そもそもこういうのを解除するのは私の仕事じゃないってーの!!」
普段一緒に盗みをして回る『彼女』の顔を思い出す。見つかったら殴れば良い等という、盗賊らしからぬ彼女を思い出し、眼前のコンソールに目を落とす。
「いや・・・お上品に開けようとするのが失敗だった・・・?」
幾重もの干渉遮断の為の魔法式。
それに、ラズはおもむろに手を置く。
そもそも、コレを『開けよう』と考えたのが間違いだったのだ。
先程までの憤りも忘れて再び口元に笑みを浮かべる。ああそうだった『そう言うやり方』なら大得意だと。
「怪盗なんだから・・・たまには派手に正面突破しないとねぇ!」
先程までとは全く違った、荒々しい魔力の奔流が室内を、魔法式を、そしてラズの横顔を煌々と照らす。
ラズが取った手法は単純明快。
鍵が掛かった扉を開けるのでは無く
『扉ごと粉砕する』
完全な力技による強行突破。
砕けた魔法陣がガラス片の様に輝く。
幻想的な光景の中、ラズは笑顔で膨大な魔力を注ぎ続ける。
砕く。砕く。さらに砕く。
重なった魔法式を、紙を破く様に引き裂いてゆく。
「さあ!これで・・・最後ぉ!!!」
一際大きく砕ける様な音が響き渡る。
大きく息を乱し、汗を垂らしながら、ラズは防衛結界の再起動を始める。
一拍の後に、防衛結界は息を吹き返し、画面には【正常に作動しました】と言う一文が浮かぶ。
それを見て、遂にラズは快哉を叫んだ。